Novels

□花は桜 君は美し
1ページ/1ページ

花は桜 君は美し

花は桜、って学校の授業で確か先生が言っていた。
日本人は、昔から、この花が好きなんだって。
ー一つ一つは控えめで、強く個性を持っている花では無いけれど、沢山集まれば多くの人を魅了する。人にいろいろな気持ちをくれるんだろうね。古文では、桜に関する和歌がたくさんあるんだよ。
ーへー。でも先生。なんで桜なんですか?
ーう〜ん…。これは私の考えなんだけどね。

桜は春に咲くよね。冬までは、動物たちも冬眠して、人間だって桜の木を見向きもしない。そんな時期に力をためて、つぼみを付ける。
そして春になると暖かくなって、たくさんの動物が動き出す。今まで寒さに下を向いていたもの達も、太陽の光に顔を上げる。
それを合図にして、桜も一つ一つ、花をひらく。
だが、一つ一つはすぐに散って、花弁を落とす。散った花弁はまだ咲き誇っているものを引き立たせる。下を向いて、その存在に気付かなかったものにさえ、上を向かせてしまう。
そして次第にすべてが青葉に取ってかわり、終わりを迎える。散ったものは新しいもの達への養分になり、ずっとずっと、何年経っても、生きた証が残っていくんだ。私は、この光景が人間の人生に似てる気がするんだ。
誰も見向きもしてくれない時期があって。それでも頑張って力を矯めたものだけが、咲き誇ることができる。咲き方なんてそれぞれに違うと思うけど、それぞれの咲き方が、誰かのこころを動かす。そして、誰かに勇気を与えて、死んでいく。それでも何か、一つだけでも、どこかに自分というものの証しを残そうとする。いや、残そうとしていないのかも知れないね。ただ、精一杯生きた結果として、どこかに生きた証が残っていくものなんだ。
だからその光景に人は感動するんじゃないかな。

そのあと、先生は照れくさそうにこう続けた。

ー私はね。自分も桜のように生きていきたいと思うんだ。


授業が終わってから、クラスの女子は、
ーでも、あの花もきれいだよね
ーうん、あれもきれい!
なんて言ってた。
ーねぇねぇ、陽典くんは?
ーそうだな。僕は…何が好きかな。あんまり考えたこと、なかったな。
ちょっとだけ、嘘をついた。なんで嘘をついてしまったのか、今でもよく分からない。

「陽、どうしたの?大丈夫??」
ふっと目の前に影ができた。光が急にさえぎられて、真っ暗で、何も見えなくなる。心がひやりとした。
「あ…ごめん、ちょっと昔のことを思い出してたんだ。」
そうだ。今は病院にお見舞いに来てくれた紫乃と病院の庭を散歩しているところだった。
「昔のこと??」
頭を元の位置に戻して、きょとん、と可愛く首をかしげる。同じ男なのに、そんな仕草が紫乃はよく似合う。女の子と間違われてしまうくらい、整った顔をしている紫乃にとっては自分のコンプレックスに感じているところなので、口にはしない。ただ、自然と笑みが洩れる。
「うん。昔ね、国語の先生が、日本人は桜が好きなんだ、っていうのを一生懸命説明してたなぁと思って」
「へ〜。どんな話なの?」
興味津々で、ちょっと控えめに言う紫乃が紫乃らしくって、愛しい気持ちがあふれてきた。それから、先生の話をしてあげた。ただ、先生が言ってた、人間に似てる、って話はしなかった。したら、紫乃がどんな顔をするか、わかってたから。
「僕も桜、好きだな。控えめだけど、満開になると何とも言えないくらい、切なくなる感じ。陽は?」
明るく笑う紫乃。出会ったころからは比べものにならないくらい、良く笑うようになった紫乃。自分を好きと言ってくれた紫乃。これからたくさん、まだまだ本当にたくさん、生きていく時間が残っている紫乃。
「好き…だよ。すごく。どんなに下を向いていても、顔を上げさせてくれる、そういうところが、大好き。」
今なら、先生の言っていたことが分かる。子どものころは、難しくて分からなかったことも。自分は、この花のように生きて来れたんだろうか。もうすぐ尽きてしまうこの短い人生のなかで、一時でも、先誇れた時があっただろうか。誰かの力になることはできた?そして、生きた証は、どこかにのこせるのだろうか。桜を見る度、死に晒されていた昔の人達はそんな思いを胸に抱いたに違いない。そして、そんな風に咲き誇ることができる桜に、嫉妬したにちがいない。
「そっか。僕にとってはね、陽は桜みたいな人なんだよ。」
「え?」
その後、紫乃は真っ赤になってそれ以上、何も言わなかった。しばらくして、看護婦さんに、雨が降りそうだから、そろそろ戻りなさい、といわれた。
「あ、じゃあ、帰るね、僕、そろそろ!」
まだ耳が真っ赤。
「うん、いつもありがとう。気をつけて帰ってね」
陽も、気をつけて病室に戻ってね、と言い残して、紫乃は去っていった。
僕はその方向を、しばらく眺めていた。


花は桜。
僕にとって、それは君のことだよ。
控えめに、けれど凛として、生きていく姿。
これからも美しく咲いていくのだろう。そして、誰かの背を押してあげるのだろう。
でも、
紫乃が下を向いてしまったとき、彼の姉以外に、誰が手をさしのべてくれるだろう。
敵うならば、自分が、そうでありがかったけど。
自分はもう、散らせる花が、ない。
願わくば、そんな人が現れてくれますように。はやく。はやく。

花は桜。
君は美し。

あふれてくる愛しさに、溺れてしまいそうになるけど。出会えて、一緒にすごせて、とても幸せだよ。
生きる希望を与えてくれて、本当にありがとう。

空は真っ暗になり、雨がぽつりぽつりと地面にシミを作る。
この雨は、きっとこの花の命を少しだけ、
短くしてしまうのだろう。
それでも、最後まで、生きていく。

「生きよう」



-----------------------------------END

このお話はいきものがかりさんの「花は桜 君は美し」を聞きながら書きました。曲の内容とは、あまりリンクしないかも知れませんが。。
手元に陽が出てるものが無くって資料なしで書いているので、葉山の脳内にすんでいる陽です。イメージ違ったら申し訳有りません。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ