突破記念小説

□堕ちた者達
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「お仕事の時間です」

目の笑っていない執事・藍染が、ゲームをしながら全く言うことを聞かない現当主・一護を諭す。
黒崎財閥を一手に背負い、他人を信用出来なくなってしまった年若き当主は日々唯一信頼出来る相手となったこの執事を試すことで、辛うじて精神の安寧を保っていたかに見えた。

「あぁ」

一見、集中しているように見えてその実、藍染の対応を盗み見ている。
そんなことはお見通しの藍染は、失礼と告げるといつものようにゲームの電源を切り、文句を言う一護を抱き上げ書斎へと連れ出した。

「お前は…俺のだよな」

主の言葉が聞こえないふりをして、執事は出会った頃の記憶の引き出しから、思い出という名の呪縛をそっと引き出した。






あれは14年前の春だった。

ひらりひらり

桜が舞う中を、執事学校を出たての新人として黒崎家へと来た時であった。

強大な権力を有しながら、その実善良な市民でもあった黒崎家。

そんな中に一人で入るのだ、不安が無かったと言えば嘘になるだろう。

だが、持って生まれた処世術がその不安を払拭し他人から見ても感じとれないであろうことも知っていた。

当たり障りない言動と柔和な笑顔。
磨きに磨いた全て。

他の中に入り込みながらも、他を自身が内にはいれない。
それが己が生き方だった。

そこで…彼に…
出会ってしまった…

運命の悪戯なのか、一目で熱く狂おしい恋情を掻き立てられた。

欲しい…

まだよちよち歩きの幼児に、狂わんばかりの執着を覚えた。

仕えるべき主の無邪気な笑顔を守りたいと思うと同時に、自分以外に笑いかける感情を壊してしまいたいと願った。

誰が奪うことができるだろうか。

否、誰にも奪わせない。

全てを諦め、ただ流されるままに生きている者たちなどに。

あの日から…
そう、両親を失い親族に集られ、貶められ、奪われかけた少年を、ひたすらに守り慈しみ縛ってきたのだから。

愛しています。

ただ一重にあなただけを。

憎んでいます。

あなたが誰しもを魅了してしまうことを。

故に。
だから…。

答えてなどあげないのかも知れません。





回想している藍染の髪を一護は痛みが無い程度に軽く引っ張るとむくれた。

「おい」

「今日の夕餉はどう致しましょうか」

日常の会話に無理やり引き戻し、全て無かったことにする。

一護もまた何も無かったように、抱きあげられた藍染の胸に縋りつくように甘えると突き飛ばした。

「洋食!ここからは歩いてく」

そういうと自分の足で踏み出す。
藍染は何も言わず、会釈をしてその場を離れる。
それ以上の会話は必要無かった。

互いの気持ちなど手に取るようにわかっていたからかも知れない。
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