頂き物・小説
□求めてやまぬもの
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ふわり、と漂ってきた鼻孔をくすぐる香りに、玄関で靴を脱ごうとしていた藍染の動きが止まる。
耳を澄ませば聞こえてくる物音。
──まさか?
藍染の居ない間にこの部屋に上がり込める人物は一人しかいない。けれどその唯一人の人物は今まで一度たりともそのような事をしたことは無かった。捨てきれない違う可能性を消去したのは、足元に見付けた見覚えのある靴。
──一護!
気付けば藍染は乱雑に靴を脱ぎ捨て、珍しくばたばたと足音をたてながら奥へ駆け出していった。
「あ、お帰り、」
リビングの手前にあるキッチンから、ひょいと一護が顔を出し家主に声を掛ける。
「…ただいま、」
お帰り。ただいま。
何てことない些細なやり取りが、じわりと藍染の心を満たしていく。
足りない、とずっと思っていた。けれど何がかはわからなかった。
──これだったのか。
固まったままの藍染に訝り、一護が首を傾げる。
「どうかしたのか…?」
一歩踏み出し藍染に近寄る。その姿を改めて視界に入れた藍染が、息を飲んだ。
エプロンを身に纏った一護の姿。
見開いた藍染の双眸が閉じることなく乾いていく。それも苦にならない。
「マジでどうしたんだ?疲れてんの?」
それまでの柔らかな表情を一転させると一護は更に歩み寄った。
我に返った藍染が一護に腕を伸ばす。ぐい、と力強く引き寄せ、二人の鼻先が触れ合うくらいの距離になる。
突然のことに、きょとん、と一護はあどけない顔になった。
「そー、すけ…?」
「一、護、」
「本当にどうしたんだよ、」
一護を見詰める藍染の両の眸は熱く、揺るぎない決意が篭められていた。
「結婚、しよう。私と結婚してくれ、一護…」
「は…?!」
一護にしてみたら突拍子も無い藍染の発言に、声が裏返ってしまう。冗談にしても本気にしても、どう反応すべきか。
「戸籍上の婚姻は今のこの国では無理だけれどね。私と一緒に暮らしてはくれないかい?」
「…二人、で、」
「あぁ、二人きりでだよ。帰ってくると一護が居てくれる、そんな毎日を過ごしたいんだ、」
「…ッ、」
これは正真正銘プロポーズだよ、と深い笑みを湛え繰り返し告げる。
一護から断ることなど有り得ないと、自信に溢れた顔で藍染は頷くのを待っていた──…