story

□ショートショート
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冷たい心

ドライブの帰り、街はもうすっかりと夜に。

ノボルはマサミと運転を替わり、シートを倒して窓の外をぼんやりと眺めている。

帰り道は来た道とは違うから、景色もずいぶんと違う。

ノボルは流れる景色が遠くなっていくのを目で追い掛け、ヒーターの温度を少し下げた。

車内が急に静かになる。

「ノボル、眠いの?」

「少し。」

電車よりは遅く、それでも急に止まれない速度で走る車の中、静かなのは誰のせいか。

マサミとノボルの些細な口論はついさっき終わったばかり、少し眠いという嘘をついたノボルは居心地の悪いシートで落ち着かないでいる。

目に見える景色は気分の悪い色がまだ少し残ってるせいで、頭には入らない。

ノボルはその色で景色が消えてしまわぬように、目を静かに閉じたが、まだまぶたの裏にも残っている気分の悪い色を見て、やはり落ち着かないでいる。

「見かけないバスだね。」

マサミはノボルが眠れないのを知っていて話し掛ける。

「群馬に帰るところかな。」

ノボルは薄目を開けて、前を走るバスをめずらしく見ている。

暗い夜の道を走る、白くて背の高いバスは、となりの県からやってきたみたい。

白く光るボディの風をきる音が、電信柱を何本も通り過ぎていく。

ノボルはまた窓の外を見て、雲の隙間を指で隠してみる。

そして、今日の昼間に見たものを思い出している。

横断歩道の近く、道路の真ん中の猫のことを。

目的地に到着するころ、ノボルの運転する車がゆるい坂を上りきった時、猫が見えた。

毛の色は白で、ところどころ茶色と黒が混じる猫は、横たわって眠ったまま、動かずに、決して動かずにいた。

その先の道は続いていて、ノボルは車を止めずに猫を避けて走らせていた。

バックミラーを見ると同じように、避ける車が後を走っていた。
そして、まだ横たわる猫が小さく見えなくなっていった。

ノボルは窓の外をぼんやりと見て考える。

飼い主はたぶん泣くだろう、それでもあの猫は嬉しいだろう。

飼い主がいない猫なら、その猫はどうだろう。

飼い主がいない猫なら、誰が泣くんだろう。

次に見つけた誰かが泣くのかなと。

ノボルとマサミは冷たい心を持ってしまった。
どうして車を止めなかったのか、どうして泣かなかったのか。

涙が流れないのは悲しいことなのに、それでも2人から涙は流れない。

あの時、ノボルの胸の奥で冷たい心が笑うのにノボルは気付いていた。
涙を流さないように、冷たい心が奥の方で笑っているのを。

こうして思い出して考えるのもいつかは忘れていくもの。時間が経てば思い出せなくなってしまうもの。

冷たい心なら、なおさらに。

やがてバスが左折をしてこの道を走る者がこの車だけになる。

「昼間の猫、どうなったかな?」

ノボルが涙を流さないように冷たい心でマサミに聴く。

「飼い主が見つけてくれてるといいんだけど。」

マサミも前を見たまま、涙が流れないよう冷たい心で返事をする。

「マサミ、さっきはごめん。」

「いいよ、こっちもごめんね。」

車は仲直りをした2人を乗せて、夜の道を走っていく。

平和な街で暮らしているノボルとマサミは同じような冷たい心を持っている。
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