story

□ショートショート
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太陽のレプリカ (1)

今朝は、布団の上に馬乗りになった娘に叩き起こされてしまった。

私は先週の疲れがまぶたに乗ったまま、リビングの椅子までたどり着き、妻のいれた濃いコーヒーと日曜日特有の陽光と匂いを嗜んでいる。

何にも替え難いこの時間が、私はとても気に入っている。休日まで会社や仕事を考えたくはないが、この時間は私が一番頭の冴えている時間と言い切ることができるくらい、先週の小さなミスや次の商談はもう私なりに解決してしまった。

「パパ、パパっ、今日はどこか行くのっ?」

4才になったばかりの娘はいつだって元気がいい。この溢れ零れる行動力とフィルターのない純真な瞳は妻によく似ている。

「どこ行こうか?ママと相談してきて。」

断れば反感をかい、昼食ができあいのファーストフードになり、夕食は外でご馳走させられてしまう。そして宵の晩酌はさびしい肴がでてくるだけで、2人は仲良く夢の中だ。
それにしても、なぜたが疲れているのに気分が良い。

よし、今日は遠くに皆で行ってしまおうか。まだ海開きのしてない海。ああ、山もいいな、写真もたくさん撮ろう。

「あそこ、もうオープンしたらしいわよ。ストリートワールド。」

「ん?あそこか…。そんな近い所でいいのか?」

「別にいいわよ、遠いと疲れちゃうじゃない。」

私は自ら2人に場所を決めさせておいておきながら、ほんの少しばかりだが憎悪にも似たあきらめを感じたが、「いつもの事だ、仕方がないじゃないか。ちょっとうまくいかなかっただけだ。」と自分自身を軽く慰める癖をためらった。

‥‥‥‥‥何をつまらない事を考えているんだろうか?今日の私はいつもと違うんだった。

そう、例えば今この瞬間にも無限大数的に終わりのない、2つの目では収まりきれないパノラマ・オーシャン・ビューが浮かんでくる。
そこはまだ誰も知らない、この先も見つけられない楽園。遠くから魚達と長い旅をしてきた、新しい青色とでも呼ぶべき海水が、均一の白い浜で終わりを迎えている。
凜と立つ、私の倍はあるそこの木に寄り掛かれば、遠くの岩島に人影が見える。手に持った林檎をかじる美しい背中のマーメイドだ、ゆっくりとなめらかに身体の曲線を変え、こちらに気付いて、目が合った。そのあまりの美しさに、私は失神した。

気がつくと、此処はどこだろうか?まだ目がぼやけているのか、それとも濃い霧がかかっているのか、何も見ることができない。ただ幻覚に溺れたこの身体は、今度は宙に浮いていることだけを確かに感じている。
この浮遊感は自然と再びこの目を閉じさせ、無音の世界で方向さえもわからずに私はただ漂うだけだ。すると、目を閉じていても見えてくる、赤いゆらめきを感じ、その方向、おそらく上の方、私は傍に寄ってゆっくり目を開けると、いつも見上げてばかりいた、あの燃える星が目の前にあった。
いや、太陽のレプリカみたいなものだ。両手で抱えられるくらいの大きさでも、迫力があり、ずいぶんと空に来てしまった恐怖心と、ゆっくり燃える赤い星に、身体がゆらいで下に落ちてしまいそうになる。
‥‥‥‥‥‥‥。
私はまだ上へと広がる空から、この世でおそらく一番美しいと思う下に広がる大地を最後に目にし、現実へと逃避していた。

まだ夢から醒めていなかったのか、少々行きすぎてしまった。我に帰るまでに深呼吸が必要なくらいだった。

そうだ、今日はショッピングになったんだ‥‥‥。
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