story

□ショートショート
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おじさん

 おじさんは大きな肩で息を吸ってから僕に言った。「私は、おじさんは悪い人じゃないから、ほら、怖がらなくてもいいんだよ。今に慣れるさ。」それから太った大きな身体をソファに落として、禿げた頭を爪で掻きむしると、一気に飲み干したコーラのボトルをテーブルに置いてから、ポロシャツの胸ポケットに入っていたタバコに火をつけた。
 僕は信じない。この人は勝手に僕の家に入ってきておいて、我が物顔で冷蔵庫に隠しておいた、僕の大好きなコーラを飲んでしまった。僕は許さない。
「ああ、そうだ。コーラを勝手に飲んでしまって悪かったね。確か君のだったね。」おじさんはソファから立ち上がって、煙を吐き出しながら申し訳なさそうに、僕の頭を撫でた。 僕はまだ信じない。なんで冷蔵庫のコーラが僕の物だって事を知っているんだ。お母さんはまだ戻らないと思う。僕は許さない。
 おじさんは、窓のそばに立って指を指した。「あの家の犬に昔噛まれたんだ、いつも首輪を自分で外すやつだったから、あの家の前を通る時はベソをかいていたよ。」
 それは嘘だ。あの犬はまだ眼も開かない子犬だ。このおじさん、奇妙な事ばかり言う。きっと悪いやつだ、いや、絶対に。
「おじさんは、君に謝りに来たんだ。信じられないかもしれないけど、おじさんは君をよく知っている。そうだな、へその下にほくろがあることとか。」おじさんは、僕のシャツをまくってお腹を見てから、やっぱりと言って笑った。
 僕は怖くなって、逃げた。でも、おじさんに捕まってしまった。僕は太い腕に抱き上げられて、タバコ臭い胸の中で、怖がることはないからと言われた。
「こっちはキッチンだ、こっちに来てはだめだ。おじさんは悪いやつじゃないんだ。」すると、おじさんの腕の力が抜けて、僕は床に落ちた。そのまま僕は床を転がるように逃げた。
「ああ、だめだ。俺も言われたんだ。もうだめだ。」おじさんが、何か独り言をぶつぶつ言っているうちに、僕は包丁を手に持った。
「ああ、そうだ。包丁を持っていたんだな。その前に言われるんだったな。」おじさんは泣いていた。涙を流しながら膝を落とし、僕に何か言いたそうだった。
 僕はたぶん信じない。そんなことがあるわけないし、これは夢なんだと自分に言い聞かせた。
「やっぱり運命は変えられないないのか。これから何十年と、真っ暗な闇の中でこめかみに銃を突き付けられるような人生が始まるんだな。」そこまでだ。こんな夢はもう嫌だ。僕は思いきりありったけの力で、おじさんの大きな腹の中に飛び込んだ。おじさんはうめき声をあげて、しばらくの間動かなかった。
 僕はやっぱり信じない。何もかも嘘なんだ。でも、まだ夢は終わっていない。
「痛い、ああ痛い、これは嫌だな。息ができない。すごく気味が悪い。」おじさんは横になってひそひそ言っていた。「自殺しようなんて思うな。とてつもなく辛いがそれでも、いい人生だから。ここで俺はやっぱり俺が見たように死ぬが、おまえはどうかな。」

 僕は大人になったけど、あの日から僕の母さんはいなくなった。それに自殺を考えたときはいつもあの言葉が出てきた。だから僕はまだ死んでいない、僕はまだ痩せている。信じたくないけど、きっと太るはずだから、あと十何年かの間に。

 それから僕は、おじさんになった。それでも僕は信じていなかった。これはまだ夢だと、だから僕はあの時のまま、六歳の小学校一年生なんだと言い聞かせている。でも死ななくて良かったと思うこともある。会社の調子はいいし、妻も子どもも二人授かった。僕は一転して裕福になり、身体はみるみる肥えていった。
 僕は、休日にふとダイエットを兼ねた散歩を思いついて、曲がったことのない道を歩いた。すると、なんだか気になる家を見つけて、そのまま家の中に入っていってしまった。中には子どもがいたが、冷蔵庫の奥にコーラが隠してあるのを思いだして飲むと、身体はごく自然に、悪いやつじゃないんだと見たことのある子どもに言っていた。そこでやっと全てを信じることができた。気付くのが遅かった。殺される前に逃げないと、しかし、もう遅いかもしれない。太った大きな身体をソファに落として、禿げた頭を爪で掻きむしると、ポロシャツの胸ポケットに入っていたタバコに火をつけて、子どもの大好きなコーラを飲んでしまった。私はもう許してはもらえないだろう。
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