小説 モノスペース

□モノスペース 本編
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遭難 三十五日目


「ラナン、具合はどう?良くなった?」

 いつもなら朝食を食べている時間、イリサはラナンキュラスの部屋の戸の前で中の様子を窺っていた。
もじもじと台所と部屋の前を行ったり来たり。
どうしたものかと、部屋に声を掛けるまで相当時間がかかった。
けれど暫くしても期待していた返事は無かった。
 まだ寝ているのかな…とイリサの心配を更に煽る。
灯台から帰ってきたラナンキュラスは更に変になっていた。
 てっきりイリサは男を連れて戻ってくると思っていたのだが、一人で戻ってきたラナンキュラスは体調が悪いと部屋に引きこもってしまったのだ。
 それから翌朝になって今も、ラナンキュラスは姿を現さなかった。
 昨日からの事といい、ラナンキュラスはやはり具合が悪かったのだと、つじつまを合わせてイリサは結論づけたが、そんなことよりラナンキュラスの体調が悪いのは問題だ。
 二度同じ行為に挑むのはどうしてこんなにも勇気がいるのだろう。
 使命があるわけでも、記録がかかっているわけでも、どうしようもない絶望感を味わったわけでもない。
心配だから声をかけた、それだけだ。
 確認がとれるまで声を掛けるでもドアを討ち鳴らすも問題無いハズだ。
文句を言われようが、反感を買おうが、何の進展も無いよりはマシなのに、気持ちのてっぺんにぐっと思い物が蓋をして、衝動を押さえつけている。

(これが理性とか利他主義とかそういうものを指すのだろうか。)

 イリサは重苦しい胸を打ち払う想像をしながら、じっとそれに耐えていた。
腕を上げたり、下げたりしながら、血の気が失せていくように足下はびくともしない。

(いつから…耐えてるんだろうか。)

間抜けなイリサの行為はそれから暫くの間続いた。

ゴンゴンゴン

 望んでいたような、ちょっと期待とは別方向のような音が居間に響いた。
イリサではない。玄関のドアがノックされたというより、張り手をしたような音を響かせたのだ。
 急に身軽になったイリサの足は、いそいそと玄関へ向いた。



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