小説 モノスペース
□モノスペース 本編
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遭難 三十六日目
「おはよう。」
毎刻、食事を届けていたとはいえ、不気味なほど灯台の表に出た様子がなかった男が、唐突に窓の外からイリサに笑顔を向けていた。
日課の畑仕事へ出かける素振りもないラナンキュラスと二人で、昼前の一息をついていた所だった。
おはよう、と言われても、イリサが男に会うのは今日で二度目だ。
その言葉が自分に向けられたものじゃない事はすぐに気づき、そのままラナンキュラスへ受け流した。
男の姿を目にしたラナンキュラスは、少し表情を曇らせる。
「…どうかしたの?」
仕事を任せていた相手にあんまりの台詞だ。
男を気の毒に思いながらも、イリサは二人を見守った。
「…そろそろラナンが落ち着いたんじゃないかと思ってね。」
まったく気にする様子は無く、男は近づいてきて窓辺に立った。
人の良い笑顔を絶やさず、視線は真っ直ぐラナンキュラスを捉えている。
イリサには、会話の流れが掴めなかった。
(ラナンキュラスが落ち着いた?具合が良くなったという事だろうか。)
「おかげさまで、まったく落ち着かないわ。」
「そうかい?もう少し、事は柔軟に考えないと。」
「溶けたって分からないわよ。」
「ちょ、ちょっと、何の話?」
さすがに限界を感じたイリサが口を挟む。
一旦二人の会話が途切れると、ふーっとため息をついて、わざとらしく男は肩を竦めてみせた。
「どうやら私は気分を害したらしい。」
(喧嘩でもしたのだろうか?)
イリサはそう勘ぐるが、二人にそんな暇は無かった筈だ。
もしあったとすれば、二日前の事が尾を引いている事になる。
そう思うと、追求する気にはなれなかった。
「中に入ってお茶でもどうですか?…えと…」
名前を呼ぼうとして、今更な事に気が付いた。
「そういや、名前も聞いてない…。」
「紹介しておくわ。彼はジュゴ。…なんと言えばいいのかしら、そう…、灯台守よ。」
「そうなんですね。仕事、ありがとうございました。」
「いやいや、おいしいご飯も戴けたし。ラナンと違って気遣いの良いね。」
「よく言うわ。」
ラナンキュラスの刺々しい言葉がイリサにも突き刺さる。
「…やたらに言葉を突き刺すの、やめてもらえないかな。」
またまた限界にきたイリサが愚痴をこぼす。
ジュゴはラナンキュラスの言葉など気にかける様子も無く、玄関の方へ歩いて行ってしまった。
それを見送ったラナンキュラスは、はぁーっとため息を漏らす。
「突き刺さって欲しい奴がまったく効き目が無いみたいだけど。」