小説 モノスペース

□モノスペース 本編
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遭難 三十八日目


 先は見えずとも、先はやってくる。
すっかり参ったイリサの気持ちは今日までジュゴを遠ざけていたが、特に実害の無い現状にだんだん気まずくなり、朝から膳を持って灯台の前に立っていた。
躊躇いがちに弱々しくドアを叩き、忍び入る様に戸を開いた。
内はまだ目覚める前の様に薄暗く、強い風音だけがゴウゴウと鳴っている。

「あの…朝食を届けに…。」
「やぁ、悪いね。」

 何かをしていた風でもなく、椅子に腰掛けていたジュゴは、詫びる風でもなく静かな笑みでイリサを見返していた。
いつも通りだ。
たった数日間だけど、繰り返してきた朝。
ただ少し、相手の立場に詳しくなって、見方に狂いが生じただけ。
 差し出す様に膳立てると、イリサも静かにジュゴを眺めた。
残るつもりは無かったのだが、思いがけずジュゴ話しかけてきたからだ。

「ラナンは恵まれた食生活をしてるんだねぇ。」
「……ダリットさんも似たようなこと言ってました。」
「食事はラナンに任せきりだったから、文句は言えなかったけど。」
「家事はラナンがやっていたんですか?」
「目も当てられない程、私は苦手だったからね。まぁ、ラナンも得意ではないようだけど。」

 ラナンキュラスは出来なくは無いが、ズボラな性格が出る、という感じだろうか。
イリサはふむふむと納得する。
大して力を入れているつもりは無いのだが、良く評価されるのはそれなりに嬉しい。
ただ、それなりに長く一緒に居るラナンキュラスに言ってもらえないのが、イリサにとって何だか癪だ。
 静かな男は静かに食事を始める。
帰る事をすっかり忘れきっていたイリサは、ジュゴを眺めている内に、ふと我に返る。

「あの…持ってきといてどうかと思うけど…ジュゴさんは…亡くなっているんですよね?…その、どうして食事が出来るんですか?」

 何だか食事の事ばかり気にしているイリサだが、二人の接点は今のところそれしかない。



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