小説 モノスペース

□モノスペース 本編
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遭難 三十九日目


 ザックザックと、不慣れな手付きでイリサは畑の隅に穴を掘っていた。
朝起きて早々に、ラナンキュラスに植木鉢のことを進言したイリサは、埋めてこいとあっさり切り返されてしまったからだ。
とりあえず植木鉢が引き受けられる事は無いと悟ったイリサは、外に植え替える事にした。
風は相変わらず強いが、陽が強く暖かい。
じっと下ばかりを見続けているイリサの頭はじりじりと焼けるような痛みを感じる。

「暑そうだか、精がでるね。」

 いつの間にか、テラスに立ったジュゴがイリサを眺めていた。
反射的にイリサは視線を上げたが、すぐに穴の底へと戻す。

「畑に植え替えるのかい?けど、それはまだまだ苗木で小さく弱いから、お勧めできないけれど。」

 一心不乱に掘った穴は思ったよりも深く、黒く淀んでいた。

「それにしても、その木は残してあった…」
「ラナンが植えてこいって。」

 ジュゴの声を遮って、イリサは声を上げた。

「ラナンが植えていいって言ったんだよ。」

 穴の奥深く、届かぬ誰かに叫ぶようにイリサは強く言い切った。

「…ラナンがそう言ったの?」
「そうだよ。」

 イリサは穴の底に手を伸ばしてみる。
体勢がやや前かがみになった時、冷たくヒヤッとした土の感触が指先に触れた。
これ位でいいか、と穴の出来栄えに納得すると、イリサは体勢を立て直して植木鉢を手に取った。
鉢の中の土は、固まってとても硬そうだ。
それに鉢の内側に密着している。
根元を掴んで揺らしてみたが、ガサガサと葉が鳴るだけで、びくともしない。
一旦植木鉢を地面に置いて、シャベルを拾って握る。
これを鉢と土の間に差し込んで、無理矢理にでも引き剥がしていくしかない。
イリサは鉢を腕で抱え寄せて、鉢と土の合間にシャベルを刺し込んだ。
思ったとおり非常に硬く、ひとつの塊となってしまった植木鉢は、石を削っている様だった。
諦めるわけにもいかないので、イリサはググッと力を込める。
シャベルを左右に揺らして真剣に溝を攻める。
と、その時パキンと軽い音を立てて、鉢の縁が割れてしまった。
思いもよらなかった事態なので、イリサは呆気に取られる。



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