小説 雨

□[青年]
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「・・・私は。私は雨が嫌いです。」
 目の前にいる男は、裾の長い白衣を纏っていた。横に細い長いレンズの眼鏡をかけ、顔立ちはそこそこ端正で品があり、少し長めの髪が癖毛混じりなのかうねっている。私はその男に質問され、特に迷いも無く、思いつきで答えを出した。
「嫌い。そうですか、嫌いなら仕方がありませんね。」
 そう言うと、男は溜め息を吐きながら、魚が山盛りになった籠網を手に取った。おもむろに手を伸ばし、台の上にあった古紙を手に取ると、手慣れた手つきで魚をくるんでゆく。
「あいよ。いつものね。今日はいいのが入ったよ。」
 そんな決まり文句の様なかけ声と共に、男はその包みを私に渡した。その男の風貌とは、まるでおかしな立ち振る舞いだった。男は白衣を纏っていても、医師でも科学者でもない。ただの、魚屋だ。
「・・・そんなことよりも、どうしてそんな白衣姿なんですか?」
「それが、業者に調理師用の白衣を注文したはずなのに、これが届いてね。」
「だからって、着る?」
「だって、店のロゴ入りなんですよ。」
 そう言って魚屋は体を曲げて、白衣の肩を見せる。
「ホントだ・・・。」
「せっかく定食屋開店祝いに特別注文したんですけどね。まさかこんなことになるとは、思ってもいなかったですよ。」
「そりゃ、でしょうねぇ・・・。」
「そんなことで開店しないわけにもいかないし。それより、自慢料理揃えてますんで、今度食べに来てください。開店記念サービスで、しばらくは全品半額ですから。」
 魚屋は包丁を取り出すと、軽くポーズをとってみせた。
「それはいいんでだけど・・・なんかものすごく怪しいモノ食わされてる気になるよ、やっぱりそれ。」
「・・・・・そうですか?」
 そう言って、魚屋は自分の身なりを確認する様に見回した。
「着てみたら似合わなくもありませんから、いいかと思って。」


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