お題

□agitato
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冷たい指に辟易する。やる気の無い仕種が欝陶しい。感情の灯らない二つの瞳は、いっそえぐり出してしまいたくなる。ひい・ふう・みい。幾度目かの溜息を吐いた。嗚呼、凄く、苛々する。

仕方ない・と一時身体を彼の胸板の上へしな垂れ掛け、その首筋に噛み付いて注意勧告をしてやれば、彼は私の髪を掴んで無理矢理仕掛けを引きはがす。勿論、傷を創る事を厭うて放してやる心算等最初から持ち合わせては居なかったので、血が中々の量流れ出した。生暖かさと鉄の味が口に広がり、正直言えば相当に気持ちが悪い。それを振り払うかのように、私は更に貪欲に腰を動かして彼を求めた。

先程の怨みからか、彼の律動もだいぶ速度を増している…うん、これならちゃんと、許容範囲の内に入る。大体、こちらの方としては意に染まぬ事を強要されていた訳なのだから、満足ぐらいさせて貰っても構わない筈だろう。そもそも、私の言った「食べられてしまいたい」という言葉は、こんな事の要求を意味してはいなかった。

「んっ、あっ…ふ…ふふっ…気持ち、いですか…おおくぼさん…」

言えば、彼は私の頭を労るようにくしゃくしゃと乱雑に撫でて。…それは明らかに侮蔑の意を示している筈なのに、私は嬉しくてたまらない。

(はて、何時の間に私はこんなに堕落したモノと化していたのだろうか…?)

そんなような内容の、答えなど有る筈も無い下らない疑問が、ふと浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。しかし、まともだと言えそうな思考など、本能に従っている現在、持てる筈も無い。

「さあ、でも、貴方は気持ち良さそうですね。そんなに喰え込んで愉しそうに腰を振って…大概頭の可笑しい人だ」

「…素直じゃな・い…ですね、さっきからっ…凄く腰を動かしてっ…のに…」

「珍しく貴方が積極的に誘うものですから、そんなに欲しいのかと思いましてね」

「ちが…、っ…ひあぁっ!!」

急激に視界が反転。膝を抱えられて、体位が変わる。挿入自体は浅くなったものの、一番感じる箇所をこれでもかと言う程積極的に攻められるので、反ってきつい。思わず反論の言葉までもが引っ込み、その変わりに閉まりの無い喘ぎ声ばかりが口から零れ出して、止まらなくなってしまった。

「や…ああっ…んあっ…んぅ…ふ…!」

「…淫乱な顔ですね」

くくっ、と彼の低く小さな笑い声が空間を揺らす。余裕を見せ付けようと言うのだろう。付き合ってやる程度のつもりが、自分の方が追い詰められてしまったのが、余程気に喰わなかったのだろうか。しかし、負け惜しみを言い出すという事自体が、既に余裕を失っている証拠であった。事実、彼が耳元に顔を寄せてきたのは、それから程無く後の事であった。

「木戸さん、」

イきますよ、と低音が響いたのを確認出来るや否やの次の刹那だった。よりによって身体の最奥へ、彼の熱いモノが大量に注ぎ込まれるのを感じて、顔をしかめる。これでは後が困るではないか。幾ら孕まない体だとは言え、中で出されれば腹痛を起こすのだから、催したならば外でやれと毎度苦言を丁しているというのに…聞く気が無いのか、この男。しかも、了承を得る言葉を発しておきながらその実、こちらの答えを得るつもりなど更々無いではないか。一人だけ満足してしまうなんて、非道過ぎる。

「ちょ…早、ですよ…此処までして、最後だけ自分で、は、イヤ、です…っ」

ずるりと楔が抜かれてゆく感覚に、いくばくかの寂しさと怒りを感じて、睨み付けながら強請れば、彼は苦々しい顔を浮かべて私の芯を握り扱き始める。かなり乱暴な愛撫だったが、そこは既に先走りでどろどろになっていた為か、苦痛等は一切感じられなかった。

「ひぅ、ああっ!…も…も、だめぇ…!」

「今、楽にして差し上げますよ」

限界を訴えた私に答え、彼は更に手の動きを速めてぎりぎりまで追い詰め、最後には先端を爪で引っ掻いて殆ど無理矢理といった風に吐精まで導く。私は彼のなすがままその掌の上に、上り詰めた浅ましい熱を爆ぜさせた。

くたり、全ての力を失い寝台へ沈み込むと、彼は労うように私の頭を、またくしゃくしゃと撫でて、彼の胸に抱き寄せた。

「ご要望に応え、貴方を食べて差し上げましたが、満足出来ましたか?」

しゃあしゃあとそんな事を宣うのだから、嫌になってしまう。大体そんな風に言うが、彼が積極的に動いたのは、最初の前戯と最後だけでは無かったか。その気も無い私を無理矢理高ぶらせておきながら、欲しければ自分で脱いで跨がれと言った男の台詞では無いだろうに。

「…満足など、していない」

「おや、もうそんなご様子だと言うのに、まだやりたいのですか。そのようなご趣味をお持ちでいらっしゃったとは、到底存じ上げませんでした」

「ちがう。こんなの、望んでいない。貴方、分かっていた筈でしょう?」

私は、貴方に私を食べて貰いたかっただけなんだ…そう、別にこのような、浅ましい行為の隠語としての意味では無く。その言葉の意義、その侭に。その胃袋の中へ、私を納めて貰いたかっただけなのだ。
私の思考や理想、この邦の先を憂える気持ちや、今まで犠牲にしてきた物の重たさを鑑みる気持ちまでを含め、私の持つ全てを、貴方にまるごと捧げ尽くしてしまいたかっただけなのだ。

だって、もう、私には時間が無い。この邦を支えてゆく為のちからが無い。ならば、貴方に託す他、私に何が出来ようか?
たとえ、どんなに方針が異なるとは言え、貴方以外にほんとうの無私にこの邦を支えて、そして私の理想まで到達させてくれるちからの有る人が、居るだろうか?
だから、食べてお呉れと、ねだったのだ。
私の血と肉を食べる事によって、私を取り入れ、記憶し、本当の一つに成ろうでは無いかと、提案したのだ。

そう、私は、急いているのだ。それに、これを伝えた時、彼は確かに動揺を見せた。普段寝てくれと頼む時には、そのような事は全く無い。だから、すべて、分かって居た筈だと言うのに。なんで。
どうして私の願いを叶えてくれないのだ。

「…酷い…酷い人です」

感情の高ぶるままに詰ったら、彼は私を哀れむような…否、まるで私という存在が悲しみの結晶した物であるかのように、私を深い悲哀の篭った目で見て、唯一言、ほつりと短い返答を返した。


「貴方は、可哀相な人です」



嗚呼、どんなにその時、私は彼をこの手でころしてしまいたいと願った事だろうか!

憎らしくて堪らない、それでも哀しいぐらい惹かれて堪らない彼を、この手で!!





(それでも、噫それでも、悔しいけれど)


(私には彼以外、もう何も無かったのだ)





agitato








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