小説

□このまま君を攫っちゃおうかな
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男の名前は知らない。ドロリとした真っ赤な自分の血液は俺の涙を誘うには十分なもので、外気に触れる傷口からはヒリヒリとした鈍痛な痛みが広がっていくソレは、俺の涙腺を擽るのに十分すぎるものだった。ああ、血まみれの俺の姿はさぞかし醜い様だろう。頭も腕も足も、全てが痛い。腹には銃弾が数発撃ち込まれている最悪な状況下。正直、俺が今生きているのは奇跡に近いだろう。…いや、若しくはワザと急所を外しているのだろうか?だとしたら目の前にいるこの男は性悪だ。こんな奴、死ねばいい。今すぐ殺してやりたい。

「…おチビさん生きてる?」

「は、誰だ、お前…!」

「フフ。よかった、生きてた」

噛み合っているようで噛み合っていない単調な会話。生きてる、だって…?俺を半殺しにしたのは他でもないお前だろうが。愉しそうに笑う、この男。仮面をつけたような作り笑いには酷く寒気がするのは何故か。張りつけた笑顔の下には一体どれ程の邪な感情が隠れているのか。考えるだけでもぞっとする。
 
真冬の夜風が徐々に俺の体温を奪っていく。寒く、冷たく、凍てついた男の瞳は俺を捕えて逃がそうとはしない。最早、自力で動く力も無い俺に男は満足そうに更に笑みを溢した。それはそれは、綺麗な弧を描きながら。どうやら俺は最悪な人種と出会ってしまったのかもしれない。男はしゃがみ、地に伏している俺を見下ろした。

「……っ、触んな…」

「ヤ、ダ。…ねえ、コレ痛い?」

「うあ、ん!ううっ…!てめぇ、」

「ふーん…。イイ声で啼くんだね、おチビさん。スゴくそそられる」

一瞬の間に激痛が全身を巡った。銃弾によって開けられた腹の穴に指を突き刺すコイツは悪魔としか言いようが無い。グリグリと傷口を指先で無理矢理開かす、その痛みは言葉では言い表すことなど出来るわけがなかった。少しでも気を抜けば意識を失ってしまいそうだった。コイツは、壊れている。まるで無邪気な子供が玩具で遊んでいるかのような光景で、それが俺の恐怖心を更に仰いだ。
 
この悪魔の指先は既に俺の血で赤く染まり、テラテラと月の光に照らされ反射していた。不意に視線が合った。男は満足気にニンマリと笑う。赤く染まった指をペロリと舐め、思い出したかのように男は口を開いた。

「そうそう、僕の名前まだ言ってなかったよね。エンヴィー、って言うの。嫉妬のエンヴィー」

「んっ、は…。えんび…?じゃあ、お前がホムンクルスの…」

「へえ。僕のこと、知ってるんだ?嬉しいなー。君っていつも他の奴ばっかり見てるんだもん、ホント妬けちゃうよ」

「どういう、意味だ…?」

「愚問だね、言葉通りの意味だよ。…分からない?僕はね、君をずっと見てたんだ。誰よりもずっと、ね」
 
エンヴィーという男はそう言い、俺の首筋に舌を這わせ噛みついた。直後、チクリとした痛みが首筋に走る。歯を食い込ませたソコからは、またも濃い血が流れ出していた。垂れる赤い水滴をエンヴィーはチロチロと舐め、狂ったように吸うのを止めてはくれない。先程から出血しすぎたせいか、頭がクラクラし、視界がボヤけてきた。それに気持ちが悪い、吐気がする。そして、グルグルと目が回るような感覚に陥り、急激な睡魔に襲われ瞼を閉じた俺。遠退く意識をよそにエンヴィーは不意にニヤリと嘲る。

最後に聞いたコイツの言葉は余りにも残酷な一言、

「このまま君を攫っちゃおうかな」

 


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