小説

□さしずめ子供のような大人
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朝、館の外ではチュンチュンと小鳥の声が聞こえた。ふと、窓辺に目をやれば二匹の雀が広大な蒼海をも思い浮かばせるような空を、優雅にも游いでいる。

そんな私はというと、キンブリーを起こしに長い廊下を歩き、部屋の前に足を運んでいたのだった。そうして一室のドアの前で立ち止まり、コンコンと軽く叩くが室内の反応は返ってこないまま沈黙が続く。時間厳守な彼にしては珍しいことだったが、私はそれほど気にはしなかった。壁一枚の向こう側では今もスヤスヤと眠っているのだろう、そう感懐に思いながら静かにドアを開く。

案の定、彼の身体はベッドに深く沈んでいた。

「朝ですよ、キンブリー」
 
起きて下さい、そう言葉を続けたがうつ伏せでベッドに眠るキンブリーは一向に目覚めない。気持ち良さそうに眠る彼の寝顔は凄く綺麗だと改めて思う。ホムンクルスである私でさえ羨む長い睫毛、艶のある漆黒の髪、そして細い腕。私はそっと彼の頬に触れた。それと同時に開かれる眼に少し驚く。寝ているフリを演じていたのか、この男は。相変わらず油断も隙もない。

「………朝這いですか?」

「誰が朝這いなんてしますか。全く、私自ら起こしに来たというのに狸寝入りとは随分な真似をしますね」

「そう怒らないで下さいプライド。ただのおふざけですよ」

うつ伏せの状態で顔を此方に向けるキンブリーはそう言うが、はたして彼の本心はどうなのでしょう。無論そんな心情など、人ではない私が分かるわけもないのですが。
 
ふと顔を上げキンブリーを見ると、ベッドから気だるそうに身体を起こして両足を投げ出し、頭をガリガリと掻きながら座っている。欠伸をする彼の表情は眠そうで、まだ目覚めていないように思えた。そういえばキンブリーは昨日、仕事が長引いたと言っていましたっけ……。それに帰ってきた時間も深夜でしたし。私は睡眠欲というもの自体ありませんが、彼はまがいなりにも人間ですし。なるほど、だから今日は中々起きてこなかったのか、と自己解決。そしてある提案が浮かんだ。

「キンブリー、眠気覚ましにコーヒーでも飲みませんか?煎れてあげますよ」

「……ええ。お願いします」

なにも言わずに頷いた私はコーヒーメーカーをセットする。それを肯定ととったキンブリーはありがとうございます、と一言。私はどういたしまして、と返事を返した。数分も経てばコーヒー独特の香りが部屋に広がり始める。そうしてドリップの終わったコーヒーメーカーの電源を落とし、カップに移してキンブリーの元へと運ぶ。その後、陶器で出来た砂糖の入れ物とミルクは別々にして持っていった。

「どうぞ。味の保証はしませんけど」
 
「貴方にしては実に珍しい。いつもはそっけないというのに、今日は異様に気が回りますね。何か企んで、」

「いるわけないでしょう。第一、企む理由がない。私の良心をボロクソに踏みにじるつもりですか貴方は」

そう言った私を目の前の男は悪びえもなく笑う。そして一口、煎れたてのコーヒーに四角い固まりの角砂糖を三つとミルクを加え、スプーンで軽く混ぜるとゴクリと飲み込んだ。案外、彼は甘党なのかもしれない。

 


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