小説

□哭声をあげた人間は火傷しそうなくらい温かくて誰よりも優しかった
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(鶴の恩返しパロ)


二日前、俺は一匹の黒猫を拾った。

まだ小さなソイツは誰にやられたのか全身が傷だらけで、黒い毛並みが血で赤く染まり酷く痩せ細り弱っていた。どうしても俺はその黒猫を放っておくことができなくて、連れて帰り懸命に世話をした。傷口を水で洗い、菌が入らないように消毒をし包帯で巻いたり、少しでも体力がつくように温かいミルクを与えたり。兎に角、俺は四六時中ソイツの面倒を見た。できる限りのことはした、けど本当に限界だったんだろうな。

この黒猫は二日後、今日の夕方、俺がコイツのエサを買って帰った直後に天に昇ってしまったんだ。たった二日間しか一緒に過ごすことはできなかったけど、もの凄く哀しくて、言いようもなく辛くて。俺は情けなくも泣きながらコイツを抱き上げ、幼い子供みたいにわんわん号泣した。
 
暫く泣いて、涙が枯れてきた頃。俺は落ち着きを取り戻し、近所の公園にコイツを埋葬しに来たのだった。家から持ってきた小さなシャベルで黙々と穴を掘るが、枯れた筈の涙が俺の頬をまたも伝う。熱い涙がポタポタと地に溢れ、それは止むことを知らず流れ続けた。

「助けてやれなくて、ごめん、な……」

そうポツリと呟いた時、

「何してるの?おチビさん」

聞き覚えのない声が人気のない公園に響いた。その声の方を振り向くと、背後にはいつの間にか一人の男が立っていた。真っ黒で長い髪が印象的な美しい男だった。紫の瞳が俺をじっと見つめている。

「いきなり話かけてごめんね。僕の名前はエンヴィー」

「俺は、エド。エドワード。飼ってた猫が、死んじまって、墓を作ってた……」

初対面な筈なのに俺は不思議と懐かしいような感覚がして、気づけば自然と口を開いていた。エンヴィーはそうなんだ、と頷いて俺の斜め後ろにしゃがみ込んだ。そこからはまた沈黙。夕方から夜に変わる独特の静けさの中に、サクサクとシャベルが土を抉る音だけが響く。
 
程なく小さな猫が眠るくらいのスペースが出来上がり、俺は穴を掘る合間中ずっと綺麗なタオルにくるみ、膝の上に抱いていた黒猫をそっとそこに寝かせてやる。静かに土を被せて此処に来る道すがら買ってきた小さな白い花を供えてやって手を合わせた時だった。

「きっと、その猫は幸せだったよ。君のその優しくて温かな腕に抱かれて逝ったんだもの。だからさ、もう泣かないで。おチビさんのそんな顔、見たくない」

「……ああ。そうだな、」

「ありがとう、エドワード」

そんな言葉に振り返ると俺の後ろでエンヴィーがニコリと優しく微笑んでいて、

「本当に、ありがとう」

「お前もしかして、」

「バイバイ」

そう口にすると、まるで風に流されるかのようにサラサラと光の粒になって消えてしまった。

「………どう、いたしまして」
 
アイツは、エンヴィーは俺に最期のお別れを言いに来たんだ、と思うのにそう時間は掛らなかった。普段の俺なら青ざめてもいい筈の出来事。なのに少しも怖くなんかなくて、それどころか胸の真ん中がとても温かく感じて、俺は少しはにかみながら天を仰いだのだった。

 


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