小説

□前払いはお前がいい
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(双子設定)


緊迫。空虚。沈黙。この部屋の静寂した雰囲気にはぴったりの言葉だろう。そして聞こえるのは己の吐息と時計が刻む針の音のみ。リンはソファに寝転び、俺の存在をガン無視し続けていた。畜生、なんて朝っぱらから気まずい空気なんだ。

それというのも俺がコイツの、リンの残していたデザートを朝食変わりにと勝手に食っちまったのがいけなかった。リンは食べ物のことになると煩ぇからなあ。面倒なことになりそうな気がするが、流石にリンをこのまま放っておくわけにもいかねーからよ。俺は意を決してリンに話かける道を歩むことにしたが、

「おい、」

「………」

「リン、聞こえてんだろ?」

「………聞こえなイ」

「バーカ。聞こえてんじゃねぇか」
 
そう口走ったのがいけなかった。バカは俺だ。火に、いや、燃え上がる炎に更に油を注いでどうする。例えるなら俺は蛇に睨まれた蛙。無言の威圧とでもいうべきか。振り向いたリンはギロリと俺を見据え、まるで話かけるな、と怒気を含みながら言っているようだった。どうやら今回は一筋縄では解決できなさそうだ。

そしてまた長い沈黙が続く。

「………………」

「……なあ、まだ怒ってんのか?」

「………………」

「俺が悪かったよ。今度、美味い食いもん買ってやっから機嫌直せよ、リン」

「!……っ」

………シカト。ピクリとリンの肩が揺れたが、それ以外の反応はなにもなかった。直後なんとも言えない虚しさが俺を襲う。が、リンの食いものに対する欲にある考えが浮かび、俺はニヤリと口角を上げた。ああ、我ながら実にいい名案じゃねぇか。

「お前、確か前に言ってたよなァ?美味いサーロインが食いたい、って」

「ウ、」

「だーから意地張んなよ。強欲な奴は好きだぜ?仲直り、しようじゃねーか」
 
俺はゆっくりとリンに近づいて耳元でそう囁く。気配に気づかなかったのかリンは少し驚いたように俺を見上げ、ポカンとだらしなく口を開けていた。また、リンの目玉には俺の姿が鏡のように見えていた。やっとリンの視界に俺だけが映った、その現実に俺の独占欲が満たされていくのが分かる。嫌われてはいないのだと安堵した俺。羞恥からか仄かにリンの頬は赤かった。ホント可愛い奴。

それから気を良くした俺は右腕をリンへと伸ばし手の平を頬に添え、優しく押し倒す。唖然とするコイツの表情は次第に堅くなっていったが、さっきまでの重い空気は既になくなっていた。

「え、ちょ、グリード?何してル、」

「何って、ナニに決まってんだろ。仲直りだ、仲直り」

「い、意味わかんないヨ!」

「誘ってきたのはお前じゃねーか。とっとと俺に食われちまえよ兄ちゃん」

「ひう、ン…!」

俺はリンのそこへと手を伸ばし、なぞるように触る。リンは満更でもなさそうだが声を出さまいと必死に耐えているように見えた。その妖艶な光景に当てられ、ゾクゾクとした鳥肌が俺の身体を駆け巡る。
 
「悪いな、リン。俺は強欲だからよ。まだまだ日は昇ったばかりだ、サーロインの前払い頂くぜ」

同時に俺の下で色気のないリンの喚き声が聞こえたが、気にも止めず俺は首筋にカプリと食らいついた。形勢逆転、心中で優越感に浸る今日この頃。

 


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