小説

□私は救いを求めていた
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(お父様擬人化設定)


暑い日差しがこのクセルクセス一帯を照らし、地表の砂を一層に乾かしていた。この永遠を思わせるような砂原で人間は生まれ、暮らしている。そしてまた、造られた私も。楽しくもなければ面白くもない日々を城内の使われなくなった暗い部屋で過ごしていた。その小さな部屋は埃臭く決して綺麗とは言えないが、此処から眺める砂漠の荒野は嫌いではない。

そんなある日、顔見知りであるその人間は久しく私の元を訪れ、こんなことを呟いた。

「………ご主人様が、死んだ」

たった一言。ごしゅじんさまがしんだ、それだけの拙い言葉だった。そうして肩を震わせ、人間は私の前でわんわん泣いた。そういえばその滴る塩水をナミダ、と呼ぶんだったか。私は大して気にもせず、ぼんやりとその言葉を頭の中で反響させてみる。ごしゅじんさまがしんだ。ごしゅじんさまがしんだ。ごしゅじんさまがしんだ………。死ぬ。つまりは心臓が停止することだろう。だから呼吸をしなくなり、身体が動かなくなる。そして腐る。在るべき場所へ、還った。ただそれだけのことなのに何故、そんなにも泣く?本当に人間は不可解な生き物だ。
 
それから暫くして人間は口を開いた。

「俺はっ、ご主人様になにもして、やれなかった…!お護りすることも、なにも…!出来なかった……!」

「……ふむ。そのご主人様とやらは身内でも家族でもないんだろう。なのに、何故そんなにも泣く?私にはわからんな」

「大切なお方だったから、だっ…!」

ああ、そうだ。人間といる中で気づいたことがある。人間はよく泣く生き物だ。産まれた時。安堵した時。不安な時。それから、そう。誰かが死んだ時。人間はよく泣く生き物だ。その眼からしんしんと水を零す。けれども私にはソレがわからない。

いつだったか以前、それも今日のように顔の知らない人間がある病で死んだ時。未だに煤り泣くこの人間に何故人間は泣くのか、と問うてみたら身を裂かれるような思いだからな、と返されたが、それでも私には根本的な道理がわからなかった。するとこの人間は、お前にも家族が出来ればわかるさ、と言葉を続けて笑った。何がわかるんだ、と問うてみれば、それから先はお前自身に聞け、だそうだ。つまらん戯言を言い捨て、その人間、ホーエンハイムはまた笑っていた。まるで私の未来を見透かしたような目をしながら、
 
「なあ、ホムンクルス」

その言葉にふと我に返る。

「ご主人様は幸せだったと思うか?」

「知らん。興味などない。そもそも私は人間ではないだろう。人間の感情など想像もつかん」

「ははっ。如何にも、お前らしいな」

ああ、そうだ。それもまた人間といる中で気づいたことがある。人間はよく笑う生き物だ。嬉戯する時。幸福な時。歓喜する時。それから、そう。この人間のように誰かが死んだ時。人間はよく笑う生き物だ。現に今、ホーエンハイムは笑っている。それでも、その声は震えていた。その目は何かを隠していた。私にはソレがわからない。

「……何故、笑う?」

「ご主人様が望んでいないからさ。俺が泣いていたらご主人様は安心して天に召されない、死に際そう仰っていた。だから此処に来たんだ。此処なら誰も来ないし、お前くらいしか居ないだろう」

「そうか、」

なるほど、わかった。その目の奥に秘めたソレはそういうことか。その感情の名を私は知らないが、これだけは言える。

「くだらん」

「そんなことないさ、ホムンクルス。ご主人様の生きた価値は確かに在った。そして今もそれは変わらない」

「おめでたい人間だな」
 
「ああ、否定はしない。褒め言葉として貰っておく。………悪い。これからご主人様の葬儀で暫くの間、忙しくなるんだ。俺もう行かないと……」

邪魔したな、そう言いながらこの部屋を出て行くホーエンハイムは振り向き様にナミダを見せた。全く泣いたり笑ったりと、落ち着きのない人間だと心底思う。けれども私はなにも言わなかった。その理由はホーエンハイムには言わないでおこう。きっとあの男は怒ってしまうから。哀しんでしまうから、黙っておこう。その日が来るまで秘密に。あの男は気づいていないだろう、自身の表情が哀惜の念で満ち溢れていたことに。そして、その苦悶の表情は私に向けられていた。誰も知らないあの男の顔を、私は見た。不意に私は愉しくなった。だから嗤った。そしてもっと視たいと思った。だから、そう。私は神になりたかった。絶対の存在に私はなりたかった。私は世界になりたかった。

私は人間に生まれたかった。私は誰かに必要とされたかった。私はあの男に愛されたかった。私はこの感情を晒す術を知らない。この感情の名も私は知らない。




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