小説

□黙って愛されてて
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人間のガキなんて大嫌いだ。

「ありがとな!にーちゃん!」

あのクソ生意気な人間のガキにそう言われた時、僕の空っぽな胸の中は何故か温かった。言うまでもない。ありがとう、だなんて今まで一度だって言われたことはなかった。第一、そんな言葉を言われるような行いをしたことなんてないし、する必要もない。そう思っていた。それなのに。あのガキは見事にその考えを粉々にぶち壊してくれた。

そもそもの始まりは今日。この日、僕は町から少し離れた森にいた。何をする訳でもなく、ただ気の向くまま太い木の枝を蹴って進んでいくと、

「ん?」

「いってぇ!この、いのちのおんじんになにすんだ!あーばーれーんーなーっ!おちるだろー!」

「……子供?」

不意に何処からか子供らしき声が聞こえ、その場で足を止める僕。耳を澄ませてみると怒ってるようにも聞こえなくはない。

「あーもー!だーれーかーっ!」

確かに声は聞こえるのに肝心の本人が見つからなければ居ないのも同然。辺りを見渡すが誰もいない。

「おれのばかっ!なんでこんなことになっちまったんだ…!」
 
「んー。誰だか知らないけどさ、かくれんぼなら、そろそろ手の内を明かしてくれてもいいんじゃないかな」

そう呟くと更にかくれんぼの主犯者の声は大きなものになり、

「こっちー!おりれなくなったんだ!」

という声と共に、ニャーという猫の鳴き声が小さく被せられた。声が聞こえた頭上を見上げると正にやっと見つけた、そんな気持ちになった。同時に僕の中で小さな悪戯心が生まれる。

「へえー、そんなところまで登ったの。スゴイスゴイ」

「たすけろよっ!」

「えー?そんな頼まれ方じゃ、お兄さん助けてあーげない♪」

「はあぁあぁあ!!?」

「違う違う。そうじゃなくて、お願いします助けて下さい、でしょ?言わないとずーっとそのままだよ。いいの?」

「ぜってー、いいたくねーっ!こんなやつにあたまさげんのかよ!」

その金髪の生意気なガキは僕の予想を遥かに通り越して結構な高さのところにいた。なにより、だ。その声とは裏腹に木の上にふるふると震えながら立っていたことには驚いた。おまけに腕の中には真っ黒い黒猫を抱いていて。更によく見れば黒猫に引っ掛かれたであろう、生々しい切り傷が残っている。さっきの怒声の原因はこれか、と納得。けれどなんの価値もないソレのために身体を張るだなんて僕には考えられない。人間は馬鹿だ。
 
「……っていうかさあ、なんでそんなところまで登ったの?その猫のため?降りれなくなるの分かってたでしょ?」

「っ!だ、だってコイツ!なにもたべてないみたいだったし、よわってたからっ!このままだったらしんじゃう、っておもったんだよ!」

「ミイラ取りがミイラになる、って言葉知ってる?」

「〜っ!もっ、はやくたすけろよ…!」

「お人好し。そんでもって生意気。可愛気のないガキだよね、本当にさ」

「うー……」

さっきまで大口を叩いていた元気は何処へやら。図星か否か、だんまりと口を閉じてしまった。多分、今にも泣いてしまいそうな顔をしているんだろう。あまりにも反応がイイもんだから少しいじめすぎた。このエンヴィーに生意気な口を聞くからこうなるんだ。喚かれても困るし、此処で殺しちゃおうか。悪い芽は摘んだ方が後々楽だし。ちょっと惜しい気もするけど。

チラリとあのおチビを見れば必死に泣かまいと唇を噛み締めている。…………。

「……世話のかかるおチビさんだね、全く。お兄さんに感謝しなよ」
 
そんな感じ。で、冒頭に戻る。今更になって後悔しても遅いけど、やっぱりあんなガキなんて助けなければよかった。そうすればこんな気持ちにはならなかったのに。このエンヴィーが人間のガキに慈悲だなんて、どうかしている。もうこの先、会うこともないだろうけどさ、

…………パチリ。目を醒ました僕。一瞬何が起こったのか頭がついていけない。ふと横を見ると隣には眠りについているおチビさんの顔。そして此処は僕たちが初めて出逢った、森の中………。

ああ、そのせいか。懐かしい夢を見たのは。いつの間にか寝ていたらしい。まだ日は昇っているものの、少し眠りすぎた。それにしてもリアルな夢だったなあ、と改めて感じる。ありがとう、か……。

「それは僕のセリフだよ。おチビさん」

鈍臭いところも無器用な優しさも全部が全部、愛しいと思う僕は相当おチビさんに依存しているんだろうな。早くおチビさんを起こそう。きっと怒るだろうけど。些細な抵抗なんて抱き締めて飲み込んでしまえばいい。そうして耳朶に噛みついて囁いてあげる。

「ありがとう、大好き」

ってさ。




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