小説

□どうか来世で
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(死ネタ・主人格はセリム設定)


嗚呼、今日も私は此処ら一帯を燃やし破壊し全てを灰燼に帰す。生憎、情なんてものは持ちあわせてはいない。在るとすれば悦び。この戦場で湧きあがる唯一の感情です。この国の殲滅を願っては殺し殺されが日常茶飯事となっていた。が、この焼け野原と化した廃国にもう用はなかった。元々、自然に囲まれ平和ボケしていた小国の地。三日もあれば私一人で事足りる仕事だった。非力な人間が逃げ惑い、爆発。内臓やら眼球やら、それらの肉片が飛び散り、チリチリと燃えていく緑の草原に血色の濃い赤がよく映えていた。そして焼け死んでいく人間のその様は実に爽快で愉快でした。よく覚えていますよ。それがさっきまでの出来事でしたから。今は急所を撃たれてこの有り様ですが。

不意に思い出すのはセリムの言葉。

「生きて、帰ってきて下さい」
 
あの日。あの時。あの瞬間。セリムに言われた言葉に私は酷く罪悪感を覚えた。それが初めてのことではなかった。セリムは賢い子ですから。きっとあの子は気づいていた。最初から、気づいていたんですよ。私の仕事に。なのに私は気づかないフリをした。あんなにも幼い子を残して私は間違った道を歩んでしまった。もう引き返せない。なによりも、セリムを悲しませてしまった。

私は卑怯で卑劣な人間なのです。目的達成の為なら手段は選ばない。否、手段など選ぶ筈がない。現在も過去も、勿論これからも。それは変わることはないでしょう。だからセリムに軽蔑されようが嫌悪されようが仕方のないことだと思っていたんです。そう、つい先程までは。

なのに。この子は私の考えを意図も簡単に崩してしまったんです。それどころか、セリムは私を責めたり咎めようとは一切しない。いつもの貴方が其処にいた。

「キンブリー、起きて下さいって」

「温かい、ですね」

「っ…!も、早く起きて、」

何故、どうして?貴方はそんなにも悲哀の篭った瞳を私に向けるのですか…?憎いとは思わないのですか、セリム。私は貴方を切り捨てたというのに。
 
とくり、とくり。胸が締めつけられるのはこの深手の傷のせいでしょう、なんて。上辺だけの分かりきった嘘を心に吐く私は本当に性が悪い。そうしてポタポタと頬に伝わるのはセリムの瞳から滴る温かい涙。それは私にとって勿体ない程に純粋で、美しいものでした。反し、貴方の瞳に映る血溜まりに伏した私の姿はさぞ滑稽で醜いのでしょうね。

ああ、きっと私はこのまま死ぬ。心臓の動きが鈍いですし、思っていたよりも傷が深すぎる。けれど、どうしてでしょうね。不思議と冷静な私が此処にいるのは。死と直面した恐怖なんてものはなかった。あるとすればセリムを泣かせてしまった後悔。

「お願いですから、もう。泣かないで、くだ、さい。セリム?」

「泣いてなんか、」

「嘘を、吐かないで下さい。ほら、」

涙が溢れているじゃないですか、かすれた声で無意識に貴方の赤くなった頬へと手をそっと添えれば貴方は私のそれを自分の指にきつく絡ませる。私は貴方を見捨てたというのに。本当に、何処までもお人好しな人ですね。ですが私の心は、心だけは最期まで貴方を裏切ることなんて出来なかった。殺すことなんて私には最初から無理だったんです。セリムを愛していました、から。
 
止まることを知らないその優しい涙は次々と私の頬を濡らしていく。そうして一粒の涙は音もなく私の口内へ。涙特有の酸味が広がった。これは貴方から私への哀悼、と言ったところでしょうかね、

「うう……。やっ、やだ…!独りにしないで!キンブリー…!」

私を呼ぶ貴方の声が段々と薄く、遠くなっていくのが分かる。

「困りました、ね……。私は、酷く眠いのですよ」

そう言葉を濁しながら私はセリムの柔かい頬をそっと撫でる。けれども溢れる涙は一向に止まりはしなかった。

「……すみませんでした、セリム」

「ゾルフ、」

「大丈夫。ほんの少しだけ、眠るだけです、から」

「………好き、でしたよ。貴方のこと、本当に…!」

薄れゆく意識の中、唇に温かな感触を感じた私。同時に、最期に聞こえたのは愛しい人の愛の嘆きでした。それを聞いた私は静かに目を閉じ、深い夢の中へ堕ちて逝った。そしていつか必ず。再び貴方に出逢えることを刹那に、永久に願いながら。私はこの世界に暫しの別れを告げたのでした。




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