暗くて狭い窓のない部屋には簡素な造りのベッドが一つ。目が暗闇に慣れていなくて他は見えない。此処は何処なんだろう。どうして俺はこんな所にいるんだろうか。つーか、その前に俺はダレ?わからない、わからないんだ。別にふざけている訳じゃないぜ。至って正気だ。ただ分からない、此処が何処で俺は何者なのか、それだけが分からないんだ。本当に何も思い出せないんだ。後頭部がズキズキする。何処かで殴られたのだろうか。だったら誰に?………そうか、殴られて意識を失くして俺はこの場所へ連れて来られたんだ。そして俺は目を覚ました。ほら、謎が一つ解けた!後は俺が何者なのか、それだけが分かればいいんだ。 暗闇に慣れてきた目が扉を見つける。此処から出ればきっと全てが分かる、そう思い俺はドアノブに手を伸ばす。だけどもドアノブは外側から鍵が掛かってビクリとも動かない。ガチャガチャとドアノブを回す音だけがこの部屋を支配する。閉じ込められている?誰が、何の為に?監禁されるような価値のある人間なのか、俺って存在は。あー、何か思い出せれば分かるかもしれねぇのに!全っ然、思い出せねー!俺は扉の前に座り込み頭を抱える。 どんなに悩んでも考えても何も思い出せねぇんだ。俺は、なんだ?誰なんだよ、俺は。思い出そうとすればするほど頭がさっきよりもズキズキと痛む。 「なんで閉じ込めるんだよ!誰かいるんだろ?俺を此処から出せ!」 叫ぶ声はこの部屋に木霊するだけ。それでも俺はひたすらに叫び続けた。いつかは誰かに聞こえるんじゃないんだろうか、そんな淡い希望の為だけに。そして俺の願いが通じたか否か、閉ざされた扉の向こうからヒタヒタと足音が響いてくることに気づいた。その足音は扉の前で止まり、 「煩いなあ。何を騒いでるの」 ガチャリと扉が開いた。 「あ……、」 「全く。おチビさんも懲りないよねぇ。このエンヴィーをまた怒らせる気?」 俺の目線の先には漆黒の長い髪に露出めいた服装をした、一人の男。そいつは冷たい視線で俺を見つめ返す。 「それは俺のセリフだ。今すぐ此処から解放しろ。それに、どうして俺はこんな所にいるんだ?」 ふらふらと立ち上がり、ゆっくりとその男のいる方向へ足を進める。男はただじっと俺を見つめるだけ。 「はあ?どうして、って……。何おチビさん、もしかして自分が何者なのか覚えてないの?」 眉間に皺を寄せながら今度は蔑むような視線が突き刺さる。 「分からないんだ。俺は誰なんだ?此処は何処なんだよ?」 「君の名前はエドワード。で、此処はおチビさんが本来居るべき場所なの。分かった?」 人指し指を俺に向けて、そう教えられたがそれが本当かどうかは定かではない。 「…………エドワード……。それが俺の名前なんだな?」 「あははっ!なぁに、疑ってるの?やだなあ。嘘は吐かないから安心しなよ」 「………なら、お前は誰?」 「僕?僕は人ならざぬ者、エンヴィー」 「人じゃない?えんび…?」 「うん、そうだよ。可愛いおチビさん、これからはその名前で僕を呼んでね」 それでどう?何か思い出せた?と至極楽しそうに聞きながら今度はエンヴィーという男が一歩ずつ此方へと足を進め、俺の前で膝を床につくとエンヴィーの白い手が俺の頬を滑った。その手の平は冷たく、ひんやりとした感触が頬に残ったが俺は気にせず言葉を発した。 「いいや、何も思い出せない。俺はお前の、エンヴィーのこと知ってたのか?」 投げ掛けた疑問符にエンヴィーは目を見開いて言い放った。 「おチビさんはね、僕の恋人だったんだよ。今も昔も、ね」 その言葉が嘘か真か俺に知る術はない。
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