小説

□何も思い出さなくていいよ
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そう数ヶ月前までおチビさん、お前は僕の恋人だった。僕が仕事に出ている間にいつの間にか消えてしまっていたけどね。そして昨日、偶然にもおチビさんを見つけた。幸せそうに焔の大佐と歩く姿をさ。その時湧き上がったのは黒く醜い感情。嫉妬。いや、それ以上の独占欲。おチビさんからすれば不本意極まりなかったんだろうね、細い路地裏を必死に走り回って僕から逃げる姿を見れば、どんな馬鹿でも気がつくくらいに。だけど、おチビさんは僕から逃げきれる筈もなく、呆気なく捕まり此処に存在する。記憶を喪失したのは本当にただの偶然。実に嬉しい誤算だった、

「本当に俺はエンヴィーの恋人だったのか?」

「そうだよ。僕たちは恋人なの」

此方をじっと見つめ尋ねるおチビさんに頷いてみせる。
 
「じゃあ、どうして恋人である俺をこんな場所に閉じ込めるんだよ?」

本当にそうならこんな場所じゃなく、傍にずっとエンヴィーがいてくれてもいいんじゃねぇの?なのに、どうして俺は幽閉されているんだ?

責めるようにおチビさんは僕に対しての不満を口にする。本当に恋人だったら、ね。おチビさんにそうしてやらなかったこともなかっただろうけど。でもね、おチビさん。お前は僕に別れの言葉すら告げずに姿を消したんだ。そんなお前に容赦なんてこれっぽっちもないよ。まあ、例え別れを告げようが告げまいが結果は変わらなかっただろうけどね。

僕は感情の赴くままにおチビさんの細い手を取った。

「やめ、ろ!手を離せっ!」

と悲鳴を荒げるが、そんなもので手を離すくらいなら最初からこんな真似なんてしない。

「おチビさんに拒否権なんてものは最初からないの」

乱暴にベッドの上に小さな身体を組み敷き、その姿をじっくりと堪能する。小刻みに震える身体。記憶があった頃のおチビさんとは全く違う。目の前のおチビさんは怯えた表情を浮かべ、ただ静かに涙を流す。これはこれで嬲り甲斐があるってもんだ。
 
「その姿が僕を煽るモノだと分かって、おチビさんはそうしてるの?」

その一言に身体は先程よりも一段と強張る。目を大きく見開き、おチビさんは必死に首を横に振るが、否定の言葉を口にすることはないまま。

「まあ、どうであれおチビさんを二度と手放す気はないから。覚悟してね?」

このまま此処に閉じ込め再び何処かへ出したりはしないよ。一生この狭い部屋で僕の為だけに生き、嘆き啼き続ければいい。

吐き捨てるように呟き、その華奢な太股へゆっくりと手を滑らせながらおチビさんの耳元で冷たく囁く。

「これは僕を裏切った罰なんだから」

僕を裏切った、その代償はおチビさんの全てで償ってもらうからね。もう外の世界に帰してあげないし、帰すつもりもないよ。

その言葉への反応なのか、それとも。愛撫に感じているだけの反応なのか。身体の震えは止まり、その瞳はただ宙を見ていた。
 
「ずぅっと、僕が愛してあげる」

ようこそ、地獄へ。




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