小説

□何も思い出さなくていいよ
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(裏要素注意)


夢を、見た。

それは苦しみや辛いものではなくて。ただ幸せに浸り、幸福に包まれていて。まだ幼かった俺は、それを当たり前だと思っていた。その日常が変わらない、変わる筈がないと思っていた。そして幼い俺は失うことの恐ろしさに怯えていた。それが一層に怖くて震えていたのを今でも覚えている。けれども。そんな時、俺は必ず笑っていた。そう、笑顔を偽るばかりだった気がする。

どうして、俺は微笑んでいたのだろうか。決まっている。それは周りの者が幸せである為だ。どんなに哀しくても、苦しくても、俺は大人たちに笑顔を向けることで自分を守ろうとしていた。可哀想な子供、俺はそう思われたくなかったのだ。理由なんて愚問。若しくは俺が思いたくなかっただけ。

夢は時に残酷でもある。覚めてしまえば所詮、夢は夢でしかないのだから。俺には最近の記憶がない。その夢が本当に俺が幼かった頃の記憶の断片なのかどうなのかも分からないまま。
 
「ふふ、調子はどう?おチビさん」

あまりにも寝てるもんだから、もう起きないのかと思っちゃった。

その声にふと、目を覚ました。いや、覚まされた、そう言った方が正しいだろう。どうせなら、このまま寝たフリをしていた方がよかったかもしれない。後悔したが既に遅い。くそっ。

「………失せろ、」

俺は取り繕うコイツの笑みが嫌いだ。それは過去の自分と照らし合わせているからなのか、若しくは自由を奪われたからなのか。どちらの考えも当て填る。幼少の頃に創っていた笑みは、正にコイツそのもののようなな気がした。そんな俺は今では笑うことすら忘れてしまったけど、これは俺の望んでいた幸せではないのは確かだった。

「素っ気ないなあ。おチビさん、また調教が必要になっちゃうねぇ?」

そう言葉を続け、尚も微笑みを絶やさないエンヴィー。射抜くような鋭いコイツの眼光は俺にとって恐怖でしかない。そう思っている内に不意に彼の細い手が俺の左頬に触れたのだった。そして、されるがままに仰向けにされる。

「………俺に、触んじゃねぇ」
 
許しを乞いても無駄だということは数々の仕打ちでわかっている。けど、これも一つの演出なんだ。全てはコイツが楽しむ為だけの遊戯、戯れ事。でなければ、俺は。それは言わずとも分かるだろう。俺はこの男に逆らえない、まして此処から逃げることなど出来る筈がない。そう考えている間にも、コイツの片手はまだ慣らされていない俺の下半身へと伸びてくる。

「んん…っ!あぅっ、」

「興奮しちゃった?この、変態っ」

「んっあぁっ……やっめ、ろぉ…!」

「やめるわけないでしょ。おチビさんも楽しんだら?気持ちいいんだろ?」

そんな気持ちとは裏腹に俺の身体は常に正直だ。コイツの細長い指が後ろの穴にするりと入れば、ナカがきゅっと締まるのを強く感じた。蛇のように動めく指に俺は声を殺しながら必死に耐えていたが、やはり快楽の波が俺を襲う。空いているもう片方の手は俺の自身を握り、強弱をつけながら上下へ擦った。それと同時に先程よりも甘い痺れが俺を支配する。くちゅくちゅ、と耳を覆いたくなる卑隈な音だけがこの部屋に響き渡るだけで。もっと刺激が欲しい俺は腰を浮かせ、無意識にエンヴィーの指に自身を押しつけた。

「あっあっ……ソコ…!だめ、」

「ココがイイんだ?善がっちゃって、我慢しなくていいのに」
 
「んんっ!ひぁっ、やっ!…………も、で、るぅっ……ふあぁっ!」

後ろの穴と先端を同時にグリグリと攻められ、呆気なく吐精し達した俺。そしてエンヴィーの手中に納まらなかった体液が床やベッドに飛び散る。それからすぐ挿していた指を引き抜かれた。どろどろとした白濁の液体がエンヴィーの指先を汚したが、コイツは躊躇なくソレを口に運んだ。

「ん、濃いね。ご馳走様」

後に残ったのは倦怠感だけだ。内股はてらてらと卑しく光り、べとべととした感触が気持ち悪い。そんな淫らな俺の姿を見下ろすエンヴィーの口角が上がったのを、俺は見過ごさなかった。

「まだ終わりじゃないからね。おチビさんには頑張ってもらわなくちゃ」

告げられた言葉に俺は眩暈を覚える。きっと。俺はこの男の恋人でもなければ友人でもない、ただの玩具に過ぎないんだ。そんな俺に自由なんてそんなものは永遠に来ないし、来る筈もない。俺がどんな人間で、何処の生まれなのか、家族はいるのかいないのか。何も思い出せないまま、俺はこの暮らしに慣れていくことが酷く恐ろしい。唯一の希望といえば日に日に鮮明に映し出される幼い頃の夢。ただ、それだけ。




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