小説

□腕相撲しようぜ
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ああ、畜生。なんで動かない。少しくらい手加減したって罰は当たらねぇだろ。自分で言うのも変かもしんねぇけど、子供相手に本気出してんじゃねぇよ。ガキか。つーか、どうしてそんな平然とした顔をしてられるんだ!俺は必死になって顔を真っ赤にしてるっつーのに…!余裕こいて後で泣きベソかいても知らねぇからな。絶対に土下座させてや、あっ。今鼻で笑いやがった。くそぅ。あくまで平然を装う気か。こうなったら意地でも勝つ!勝ってその態度、まんま返してやっからな!

まさにそんな気持ちだった。左腕の筋肉にぐぐっと力を込める俺。だが、やはり相手の腕はびくともしない。くそ、お互い利き手じゃない方の腕なのに、どうしてこうも力の差が出ちまうんだろう。俺だって一人の男だ。それなのに。全く動じない目の前の男の腕は男の俺以上の力があるってことだろ?悔しい。同じ男として、悔しい。

「おい、」
 
「ん?なんだ降参か?鋼の」

「降参なんかしねぇよ。たい、さっ!」

不意をついて、ぐんと腕に力を込める。が、まるでそれを見越していたかのように大佐は俺以上の力で受け止め、呆気なく粉砕された。やばい。やり方があまりにも幼稚な上、卑怯だったから尚更悔しさが増す。

「残念だったな。爪が甘いぞ」

「うぜぇ!」

大佐の一言に俺は羞恥を感じながらも即座に言い返す。机の上での攻防戦は終わらない。そう、端から見ればただの腕相撲。と言っても此処は大佐ん家だから俺と大佐以外誰もいねぇけど。このまま負けるのは絶対に嫌だ。しかも大佐は俺を子供扱いしているのか、明らかに手を抜いている。腕に力が篭ってねぇし、あと少しで机に手の甲がつくってところで持ち上げられるし。なんだか俺だけが必死になってるみたいでムカつく。思わず大佐を睨む。

「そんな目で見ても全然怖くないぞ」

「るせっ」

「顔が真っ赤だな、」

くすくす笑う大佐の顔があまりに余裕でそんでもって不覚にも綺麗だと思っちまった俺。これが大人の色香というやつなのか、と思わず気が緩んで無意識に腕の力を弱めてしまった。まずい、そう思ったが時既に遅し。机にとんと手の甲がついてしまった。
 
「また私の勝ちだ」

また俺の負けだ。同じ条件なのに二度目の敗北。悔しい!悔しい!俺だってそれなりの力がある筈なのに今のは自滅したようなモンじゃねぇかよ!最悪だ。あの笑顔に騙された。いつだって大佐はずるい、俺にそんな笑顔を向けたら弱いってこと知ってるのに。本当に大佐はずるい。それに俺よりも卑怯。

「どうした、鋼の」

「別になんでもねぇよ?ただ大人気ない誰かさんが幼い子供みたいだと思っただけで!」

「それは鋼のが悪いじゃないか」

「は?」

「あんなにも必死になっている表情を見せられたら、もっと見たいと思ってしまったんだから仕方ないだろう」

そう言って机に肘をついて微笑む大佐。その言葉に胸が異常にどきどきしてる俺は新手のバカか?……ってか、なんだよそれ。そんなの勝ちたいんだから俺が必死になるのも当たり前だろうが。一回目の勝負と比べて異様に手抜きしてやがるなあ、なんて思えばそういうことかよ。勝負なんだから真面目にやれよな、アホ大佐。それに、そんなこと言うなら俺だって大佐の必死な顔見てぇし!結局、俺の左腕は大佐の左腕に敵わないってことかよ。すっげぇ悔しい!そんでもって、それ以上に弱すぎる俺の左腕が憎いっ!
 
……けど。本当の本当にちょぴっとだけそんな大佐の気持ちが嬉しいとも思う。こういうことは本人の前じゃ絶対に言わねぇけど、素直に率直に気持ちを伝えてくれる大佐は嫌いじゃない。

「なあ、もう一回だけ勝負しようぜ」

「勿論。挑むところだ」

「次は負けねぇからな!」

俺と大佐はまた手と手を交える。正直なところ、こうやって大佐と手を繋ぐことに嬉しさを感じている俺がいて、俺が負けて悔しがる度に優しく笑う大佐がいるのは一番の幸せなんじゃねぇかって思う。もしも叶うことならこの幸せが途絶えることがないように、と俺自身に言い聞かせ、ぐっと左腕に渾身の力を入れた。

……にも関わらず大佐の腕は依然として動かないまま、俺の手を包むようにして大佐の大きな手が覆っていたのだった。現実が悲しすぎる。




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