「ねえ、おチビさん。僕たち、そろそろ付き合わない?」 目の前でポツリと思いついたように言われた言葉にらしくもなく動揺して、ガタン、持っていたアイスクリームを床に落としてしまった。 「……お突き合い?」 「それ本気で言ってる?」 「冗談だよ。つまり世の男女たちがやってるみてーに手を繋いで往来を闊歩したり、寂しい気持ちを埋め合ったり、性行為に励んだりするようなそんな仲になろうと持ちかけている、そういうことだろ?」 「おチビさんってトコトンひねくれてるよね」 「悪かったな」 「ホントにね」 そう言いながらエンヴィーの口に運ばれているのは期間限定のチョコレート味のアイスクリーム。俺の買い置きを何故コイツはさも当たり前のように食べているんだろうか。くそ、チョコレート味ってちょっと興味あったのに。 「で?」 「………で?」 「もー、鈍いんだから。返事だよ返事」 「あっ……。あー、えーっと、」 ……うん。なんだ、嫌じゃない。でも良くもない。つまり微妙なんだよ、うん。それに正直そんな関係になるなんて、考えたことなかったっつーか……。 「ええと、その、」 「うん」 「よ、よろこんでー」 「おチビさん、なんで棒読みなのさ」 不服そうな声が聞こえたが、聞かなかったことにしよう。ていうか。勢いに任せて返事しちまったよ。よろこんでー、とか言っちまったよ。 ……まあ、いいか。なんかめんどくさくなってきた。 「今、めんどくさいとか思ったでしょ」 「なんでわかった?」 「顔に書いてあったからね」 そう言いながらも咎める気もなさそうで、食べ終わったアイスクリームを隅に押しやると面白そうに此方を見ているエンヴィー。いや、何故意味もなく俺を見つめるんだコイツは。 机にはアイスクリームから出た水滴が平たく広がっている。 「じゃあ、とりあえず今日泊まるから」 「いきなりだな」 「おチビさんがさっき言ってたこと、実現してあげる」 ………さっき?え、俺なんか言ったっけ。さっきさっき……、あ。(つまり世の男女たちがやってるみてーに手を繋いで往来を闊歩したり、寂しい気持ちを埋め合ったり、性行為に励んだりするようなそんな仲になろうと)(性行為に励んだりするような)………。 「なっ…」 「な?」 「なかったことにしろ!」 「えー。今更返品なんて不可能だよ」 「そんなの知るか!だいたいそんな、」 顎に手をかけられて言葉が止まる。テーブル越しにエンヴィーが身を乗り出してくるもんだから顔がぐんと近くなって直視することさえ恥ずかしくなってくる。 「っ……」 「もう、僕を捨てちゃうの?」 「す、捨てっ…?」 「一回してみればいーじゃん。案外はまるかもよ?ていうか、はまらせる自信あるんだけど」 そっと耳元で囁かれた声に頭がクラクラした。それに胸の辺りがズキズキと痛む上、心臓がドキドキと煩い。俺、本当は嫌じゃないのか…? 「や、だめ、」 「聞こえないなー」 「ん!う、」 合わさった唇から、ヌルリと何かが入り込む感触。舌が絡んで溜ってくる唾液がピチャ、と控え目に音を出した。例えるなら侵食。徐々にエンヴィーに食べられていく。頭のクラクラする感覚が酷くなり、そういえば驚いて息してなかったな、なんて他人事のように考えていた。 不意にタイミングよく離れる唇。俺は荒い息のままコイツを睨みつける。 「だめって、言った、だろ……」 「だって聞こえなかったんだもん。おチビさんのいけずー」 「嘘つけ、聞こえてたクセに」 唇を尖らせる俺と意地の悪い笑みを浮かべるエンヴィー。もう一回、そう言いながらコイツの入ってくる舌からは仄かにチョコレートの味と香りが漂う。存在を忘れていたアイスクリームはあっという間に溶けかけていた。 夜はまだ、長い。
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