ホワイトスターに黙祷を、

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【パンドラと合わせ鏡】



西の空に黄昏の光が射して、校舎からは課業終了のチャイム。
放課後を迎えていた。



『じゃあね、遊戯。また明日』


「うん。気を付けてね」


『ありがとう。遊戯もね』



さよならの挨拶を交わすと遊雨は大きく手を振りながら、校門の前で待っている杏子の元へ走って行った。

遊戯は特に一緒に帰る訳でもなかったので 一人のんびりと家路を辿ろうとしていた。


遊雨の背が人混みに紛れて見えなくなるまで見つめる。
小さな背中だけれど、大きな信頼を寄せる事の出来る背中だと思った。

昔から一緒に居る時間が長かったからだろうか。
彼女に対して郷愁に似た感情さえ感じる事もある位。



そんな事をぼんやり考えていると、後ろから慣れた声に呼び止められた。



「おーい、遊戯ぃ」


「あっ、城之内くん。これから帰り?」


「まあな」



振り返って城之内の姿を認めると、その隣には本田も一緒に居て、遊戯は少しだけ、こっそりと落ち込んだ。

城之内がまだ遊戯の事をからかって遊んでいた時分から、本田は彼とつるんでいて、

一緒になって遊戯に鞄を持たせたり、使い走りをさせていた前歴がある為だ。

現に今も本田の表情が険しくて、遊戯に苦手意識を彷彿させてしまう。



「実はよぉ、ちょっと相談してぇ事があるんだ」


「おい城之内、まさか遊戯にあの事話すんじゃねーだろうなぁ!」



嫌がる本田が抵抗して、事情はよく分からないが、遊戯を前にして仲間割れを始める。

相談というのは本田の悩みについてで、
どうやら元々本田は相談した事に関しては城之内に任せる、と言ったらしい。

それで城之内は真っ先に遊戯を頼りにしたのだ。
その事実は遊戯を嬉しくさせるには充分だ。



「勿論そのつもりだ。よく考えろよ、遊戯と言えば必ずセットで着いて来る、あの…」


「浅沙か…!」


「そうだ!女の事なら女が助っ人に加われば敵無しだしな」


「そうか…。城之内、お前にも考えるって機能がまだ残ってたんだなぁ…」


「どういう意味だよ本田ぁ!!」



そんなこんなで本人の知らぬ所で遊雨の参加も決定事項になってはいるが。

念を押してこの秘密は絶対に守る事を互いに宣誓し合い、その相談内容が明かされた。



「実はよ、本田の野郎“恋の病”ってヤツで悩んでんだ」



話によれば同じクラスの野坂 ミホについての悩みなのだとか。

野坂さんと言えば大人しくて控え目な性格が清楚で、髪を結う黄色いリボンが華を添えている印象で知れている。

どうやら本田は彼女のそんな所に恋情を抱いた様だ。



「そのリボンちゃんに、どう考えても不釣り合いな本田が惚れてしまった訳だ」



清楚可憐な少女と不良。上手くいくか、いかないかは さて置き。
告白前から目の前には高い障害が見て取れる。

それを崩す様な、彼女の気を惹くに相応しい贈り物を如何するかについて悩んでいるのだ。



「とにかく遊戯の家に行こうぜ。遊雨に連絡入れなきゃなんねぇしな」



三人は珍しい物が置いてある遊戯の家のゲーム屋に一抹の期待も抱きながら、遊雨の合流を待った。





『お呼びですか、御三方』


「なんだ、浅沙の家って遊戯ん所から近いのか」



遊雨は遊戯から掻い摘んだ説明を受けて、
それから話し合うものの結局、



『…恋愛初心者が初心者同士で悩み合っても、解らないものは解らない!』


「じゃあ……どうすんだ?」


『人生の先輩を呼ぼう』



先輩とはこの場合、お店の奥に居た遊戯の祖父である、双六じいちゃんの事になる。

“亀の甲より年の劫”なんて言葉通り、過ごした時間とそれによって得る経験値の差とは やはり貴重だ。

まだ年数浅い自分達には無視出来ないものがある。


事情を聴いた双六じいちゃんは実に嬉しそうだった。

過ぎし若き頃の、よき思い出と重なり合う光景は、
彼には実に微笑ましく映っている事だろう。

そう感じる事が出来るのも歳を取ったからこそ。
人生が充実している証拠なのかもしれない。



「遊戯にも話しとらんかったが…、昔ワシはこれでばーさんをゲットしたのじゃ!」



カウンターの棚から取り出されたのは、白い箱だった。

蓋を開けると、中身は可愛い枠に縁取られた無色無地のジクソーパズル。



「此処に相手への想いを綴り、ばらばらにして贈るのじゃよ」



真っ白のパズルは まるで初な恋心の様だ。
白は儚くて、やさしい、綺麗な色だ。

真っ白の想いに自分の手で有るがままに描き出すものは、世界でたったひとつだけの証だった。

既製品が多く溢れる現代で、なんて素敵でロマンチックなんだろうか。



『凄く素敵…。完成したら愛の言葉が浮かび上がるゲームなんて、どきどきする恋文だね』



ゲームを愛する、腕利きのゲーマである双六じいちゃんらしい方法だ。

自分が最も愛する人へ、最も愛する物でその想いの丈を伝える。

だからこそ、きっと遊戯のおばあさんは嬉しかったに違いない。
素敵な愛の形を貰ったのだから。



「いい…。いいっすよ、これ!買うぜ、じいさん!」


「気に入って貰えてよかったわい」



これで粋な告白への材料は充分揃ったのだけれど、重大な問題がこの先に横たわっていたのだ。



「俺…、ラブレターなんて書いた事ねぇ…。どうする…」



メールや電話という簡易的な手段とは違い、
ラブレターは自分の手で書くからこそ勇気が要るものだった。

その事実に気が付いて酷く狼狽し出した本田は、偶然目の合った遊戯に勢い任せで代筆を押し付けてしまった。

代筆を遊雨に頼まなかった所を見ると、落ち着いて考量する事を忘れる位 取り乱している様だ。



「この胸の熱い想いを感じ取って言葉にすりゃあいいんだ!簡単だろ!」


「分かんないよぉ!」



遊戯は野坂さんに一欠けらの恋情も抱いていないし、恋煩いする様なロマンスの経験も無かったので、

本田の主張する“熱い想い”というものに対して明瞭な理解も合点も出来そうになかったのだった。


それでもこんなに酷く困っている人の前で「NO」と言えないのは日本人気質か、はたまた自身の性質なのか。

結局遊戯はラブレター本文担当に任命されてしまった。




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