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以下御礼文(海馬瀬人※原作後・劇場版設定あり)



海馬瀬人の一日はまるで光のような速度で進む。

高校生にして世界企業の社長、
自らを広告塔としてのゲーム産業の展開。
その為にあらゆるジャンルの腕前が一流である事への揺るぎなさ。

この人には 気が休まる瞬間というものはあるのだろうか。



白い上着の長裾を颯爽と翻し、
プライベートルームに足を踏み入れた彼は
ジュラルミンケースをどかりと置いただけで上着も脱がず、
また直ぐにでも何処かへ向かいそうな雰囲気をしていた。


「…急ぎなの?」


投げかけられる言葉を背中に受け止めた彼は
彼女を見はしなかったけれど、
返答を寄越すくらいには気持ちを割いている辺りが
彼なりのやさしさや気の許しだった。


「いや。そういう訳ではない。
だが何せ時間は惜しいのでな」


十八の青年は生き急いでいた。
何せ彼の野望の全てを実現するには、
人間の寿命など きっと短すぎたのだ。


海馬 瀬人は、孤独な人なのかもしれない。
深い深い魂の孤独を埋める為に 生きている人なんだと。

たった一人で世界の一角を掌握するくらいの事を彼は成し遂げてゆく。
カリスマとは孤独だ。
誰にも到達されない場所へと辿り着いてしまった人だから。
そんな彼を助けられるのは、きっと同じカリスマ、孤独だけだ。

だから彼は ずっと同じ孤独を世界に探していた。

否、彼が見初めたカリスマは、自らより遥か孤独をゆく人で。
挙句やっと出逢ったその人は、もう二度と手の届かない世界の向こうへ、
光の中へ、往ってしまったのだった。
然るべき別れも出来ず消えてしまった。――自分を置いて。


あの人の孤高さを味わってしまった彼は、もう他では満足出来そうにないと
それを追いかけてより孤独の高みへ足をかけ始めた。
その一途さが彼の歩みを加速させ、
遂に街を一つ管理し、一つの産業を掌握し、
事業は宇宙にまで拡大した。

それが今の彼、今の海馬 瀬人。



彼女は上等なソファーで彼の立派な背中を見ながら
読んでいた本は閉じた。


「次の予定はいつから?」

「…一時間後だ」


彼は腕に装着した新型デュエルディスクのデバイスで
空中にレイヤーを呼び出し、そこに表示された時刻と予定を確認していた。

これは今までの投影する≠ニいう概念を超えた、
そこに質量を持って存在する代替の現実≠フ技術だと言える。
彼の歩みは世界の速度よりもずっと早く、もう近未来へ到達し得ていた。
尤も、その未来の技術で彼が追い求めているのは、過去そのものなのだけれど。


「それなら少しだけ、休憩にしましょう。
最近の瀬人は働きづめで、顔色もよくないから」

「ふん。この俺が身体を壊すとでも?」

「ええ。だって、あなたも人間なんだものね」


本当に何の変哲もない、当たり前の事を言った。
けれどもそれによって彼は初めて振り返った。

その言葉を彼の耳は、泣きそうなのかと錯覚する程穏やかで、
あたたかい音の波として聴いていた。

振り向けば彼女は「さぁ、座って」と微笑みながら
柔らかなソファーを掌で軽くたたいて隣を勧めてくる。
子供でもあやすかのような無償のやさしさに心中は僅か戸惑いながら、
この一時間の隙間で半端に仕事へ手を付けるのは馬鹿らしくなってくる。

彼はつかつかとソファーへ歩み寄ると
上着を彼女に預けて隣へ座ってやった。


「眠らなくても、数十分目を閉じているだけで
ずっと楽になるから」

「ふぅん…。誘ったからには、おまえにも付き合ってもらうぞ」

「はい」


いつも氷のように冷徹で、どこか鋭利な眼差しをした、
彼の美しいブルーアパタイトの瞳。
冷たいようでいて、その氷の中では狂おしい程燃える
焔[ひ]が綴じ込められている。
その光が一瞬だけ、穏やかに滲んだような気がした。


彼は長い脚と腕を組んで、その蒼眸は瞼によって
外界からの情報をひとつ手放した。
上品なブラウンの髪がさらりと彼女の肩を撫でて、
そこに確かな重みを乗せる。

鋭敏な彼の五感がそうして少しだけほどけて、
彼は今世界から僅かでも解放されているだろうか。

そう想いながら、彼女は肩にかかる重みに微笑んで
自分もそちらへと寄りかかった。
そうしてそっと指先で彼の髪を撫ぜていた。

世界も、彼自身さえ忘れているけれど。この人はまだ、子供だ。
まだもう少しだけ、子供でいていい筈なのだから。


「ふん…このオレに子供のような扱いをしようというのではあるまいな」

「瀬人は大人になるのが早すぎるくらいなの。まだ、十八だなんて」

「オレがそう望んだのだ。その結果だ」


自分の魂が何故孤独なのか、
自分はこの命で何を求めているのか、
自分とは何者なのか。それを探す為に生きていて、
あとは唯一無条件に味方でいてくれる弟が人並みに幸福であればいい。

彼が相手にする世界は広大で、
それでいて実は自分のせかいはとても狭いのかもしれない。

立派な人だ。あまりに、愚かな程に立派すぎて。


「…だが、おまえにこうされるのは そう悪いものでもない」


鋭利なくらいに排他的だった彼の中で何かが変わればいい。
望むものを与えられず勝ち取ってやろうと生きてきた彼に
与えられるだけ全てを差し出していたい。

せめてそれでこの人が安らかなこころを
ひとかけら、忘れないでいられるなら。


「ありがとう瀬人。おやすみ」




―――――――――
2016.5.3〜

この人は自分の力で自分を幸福にする能力があまりに高すぎた。
何もかもを覆して突き進む彼の道に、
ありふれた、それでいて普遍的なやさしさもあってほしい。
ただそれだけなのです。



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