白い雪の姫の事情
□白い雪の姫の事情
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嗚呼、なんて清々しい朝。
空は青く澄み渡り、小鳥のさえずりが耳に心地よい。
春の暖かいそよ風が頬を撫でるのがとてつもなく気持ち良く感じた。
今日はきっと良いことあるぞ!!
目の前を黒猫とカラスが横切ってるけどな。
という具合に、俺は学校に向かいながら小説の主人公らしく爽やか〜な朝を演じていたわけだ。
完璧なマニュアルだったといってもいい。
しかし異変はそれからだ。
バタバタと背後から足音が聞こえて、穏やかな朝に幕が下りる。
足音が背後で止まったと思ったら、丸型を縁取った鉄の塊を押し付けられたのた。
いや、まさか。
そんなドラマみたいなことがあってたまるか。
それも、一般の男子高校生に。
父さんは普通のサラリーマンだし、母さんは専業主婦。
最近では給料がどんどん減ってきて、給料日前になると赤字になって母さんが嘆くくらいだ。
金なんかさらさら持ってない。
そんな男子高校生に銃なんて突きつけても、利益なんか全く出ないだろう。
むしろ、労力の損失だ。
「あのー、俺」
「動くな」
後ろを振り向いた俺の視界に入ったものは、黒いサングラスと黒いスーツの黒づくめの男4人組。
突きつけられてるのはやっぱり銃で、綺麗に手入れされたそれは黒光りを放っていた。
どう考えてもヤバい。
冷や汗が吹き出してきた。
「こいつだな。白雪姫」
白雪姫?
え、そのあだ名もしかして広まってんの?
うわ、恥ずかしっ。
誰だよ、広めたヤツ。
高橋か?それとも山田?
あーだこーだと銃を突きつけられていることを忘れ、広めた犯人を考えていると(今考えると過去の自分は馬鹿だったと切実に思う)、突然後頭部に強い衝撃が走る。
殴られたんだなとわかったのは、視界が失せた後だった。
◆
「白雪姫の国?王子様?確かに俺のあだ名は白雪姫だけど、どこからどうみても俺が白雪姫なはずないだろ?」
あの後目が覚めると、すでにこの場に俺はいて、目の前には偉そうに足を組んで座るこいつがいた。
そして俺は、変な第一声を浴びせられながらこいつに抱きしめられ、今に至る。
「いや」
ちっちっちーと、変態王子が顔の前で人差し指を左右に振る。
「雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒壇のように黒い髪。伝説通り。いや、それ以上だ。それ以上に君は美しい。君を白雪姫と言わずに、誰に言えばいいのかな?」
うっとりとした口どりで、まるで詩人のような文句を語る。
一瞬にして鳥肌がたった。
やっぱり変態だ。もしくは変人。
したがって、こいつのニックネームは、変態王子に決定でいいだろう。
それ以外に浮かばない。考える気もない。
せっかく、容姿、背格好ともに上の中くらいはいきそうなのに、どうしてこんなにも性格がアウトなのだろうか。
天は二物を与えず、ってやつか?
普段は世の中不公平なくらいに、二物も三物も与えているのに。
「そんなに白い肌がお望みなら白人をお勧めしますし、赤い唇に魅力を感じるなら口紅塗ったくってるおばさん世代なんかいいんじゃないですか?髪が黒いのはまあ日本人だし。えーと、そうすると、白人で日本人のおばさん…、あれ、でも日本人は黄色人種だから、え、じゃあ、日本人がおしろいで…」
自分で言っていて、意味が分からなくなってきた。
しかも想像してみると結構グロテスクだ。
お世辞にも、白雪姫とは呼びたくない。
「と、とにかく、俺は白雪姫なんかじゃないからな。それより早く学校行かないと怒られるから帰してほしんだけど。今の担任、時間にうるさいんだよね。まだ僅かにチャイムの余韻が残ってるっていうのに、遅刻扱いするんだよな」
「返すわけには行かないよ」
強い口調で続く言葉を遮られ、口を噤む。
たったその一言で、一瞬にしてこの部屋の纏う空気が変わった。
さっきまでの軽い雰囲気が、まるで嘘だったかのように重い。
なんか、地雷踏んぢゃったのか?
さっきまで変なことばっか言われて、迷惑被っていたのは俺なのに、なんだか一気に俺が悪者になってしまったような気分だ。
「時間がないんだ」
眉間に皺を寄せ、重苦しくそう告げるさまは、さっきまでへらへらしていた人と同一人物とは思えない。
いや、でも俺も時間がないんですけど。
なんて言える雰囲気でもなく、俺はただ沈黙を守った。
眉間に皺を幾重にも寄せたまま、強い眼光を放ちながら俺を見据える王子。
俺は一瞬恐怖を感じて、身震いを起こした。
何か言葉を紡ぐため躊躇いがちに開かれた口に、何を言われるのかと思うと体が動けなくなる。
つばを飲み込むことさえタブーに感じられ、どうすることもなく俺はただ言いようのない緊張感に煽られた。
「白雪姫、君の力がなければ、この童話の世界と君の住む人間の世界は確実に崩壊する」
「――…は?」
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