fluctuat nec mergitur

□序章
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僕はただトイレでジョジョを読んでいただけ。
大好きな暗殺チームが死ぬのを哀れみ、悲しく思っただけ。
次元を超えたいとも思った。
助けたいとも思った。
けれど別段、それが本当になるなんて考えていなかった。
無理だと知っているから妄想をして紙の向こうを見るのだ。
なのに。何故だろうか?これこそ神の悪戯だろう。
僕は興奮と困惑を持ってその世界を見た。美しいイタリアの街は僕が愛読する漫画のものと同じ。ふと掌を見てみれば最早『キャラ』に成っている。
その瞬間、なにかが破裂したようで

「ひゃぁぁぁあっ!!!!」

イタリアのお洒落な道路にて僕は飛び跳ね喜んだ。

Ω

トイレから出ると其処は漫画の中のイタリアでした。
あまりにも嬉しくて簡単な出だしになったが、トリップしてしまった僕はニヤニヤしながら街を探索し始めた。店のショーウィンドーに両手ピースをしてみたり、スキップしてみたり。
しかし、暫くして人の目が自分に向けられているのに気づく。

「あぁっ!そっかヤバい、裸足だった!」

更に裸足のうえ、イタリアでTシャツに短パンというラフな格好で歩いていたのはまずかった。
「でもなぁお金無いし…仕方ない。頬抓ってまた来よう」
単純にそう考えた僕は現実世界に戻ろうと立ち止まって頬の皮膚を引っ張った。
地味な痛さに溜まらず目を瞑る。
そして開けると現実世界に

「戻ってねー…」

冷や汗がつたった。歩道のド真ん中で夕暮れの中僕は呟く。

「外見は気にしないとてご飯はどうしよう、ああん!貧民街テンション…寝床も無いしまさかの野宿は嫌だ」

最早独り言や呟きの域を超えて喋る。益々訝しげな目を向けられるが嬉しさは次第に不安と絶望に変わっていった。夜が迫り、歩道で立ち止まっていた僕は宛もなく歩き出した。

Ω
夜も更けた。僕は何処かの路地で寝っ転がっていた。
お腹が減った、寒い、足疲れた…。先程からその言葉を永遠と繰り返している。今ではトリップしたことが嫌で溜まらない。最早悔やんでいる程だ。

「このまま餓死するのかなァ?」

地面をちょこちょこ歩く蟻さえ美味しそうに見えてしまう。

「ご飯…ご飯?」

呪詛の如く呟くと、ふと頭にとある果物の数々が過ぎった。
このイタリアの街において、自分がトリップした漫画の名前は・・・。
僕は勢いよく立ち上がり、走り出す。

「此処は五部の世界じゃあないか!彼らが居るはずなんだよ!なァんで思いつかなかったんだろォ?会えるんだ!!くっ、ふふふふふふ」

全身に力が漲るようだった。
喜びでクルクル回って後先などまるで考えていなかった。
だから僕は町ゆく人にぶつかった。
満面の笑みを浮かべた顔を誰かの腹辺りにぶつけ、衝撃で尻餅をつく。その時に興は冷めた。

「うわっ」

小さく悲鳴を上げ上目遣いに見ると立っていたのは見るからに怖いオジサン―マフィア。
血の気が引くのが分かった。
泣きたくなった。何故こんな目に合わねばならないのだ、と。
逆に考えることなど出来なかった。
これがチャンスになるなんて漫画じゃないんだから…。自分が生きるということは現実、現実世界では御都合主義は、無い。

「何処見てあるいてんだクソガキィ!!!」
「どう落とし前つけてくれんだ、あぁ?慰謝料払えよ!!!?」

腰が抜け、唖然とするほかない僕。
慰謝料払えって言うのに殴ろうと振り上げられた拳を見上げて僕は恐ろしくて抵抗出来なくて、目を閉じた。

「あ?」

けれど目を閉じてから随分経ったが一向に衝撃がこない。
恐る恐る再び目を開くと相手が目を見開き、僕の頭上を見ていた。それは恐怖に脅えた目をしている。
僕は首を傾げて背後を確認した。
そして絶句し、呟く。

「スタンド…」

まさかと思いその『スタンド』を見つめる。
引きずり着物っぽいが機械の身体を持つ『スタンド』は楕円形の青い光を私の頭に広げていた。
すると『スタンド』が僕に言った。
「妾が此方のスタンド、名前をクアットロヴェンディ。数量を操るスタンドじゃ」
「…ヴェンディ。じゃあ例えば前の奴ら倒せたりするもの?」
ヴェンディは頷いた。
僕は微妙な感じだが立ち上がり、何気なく手を前に伸ばした。
「数量変化だから…相手の攻撃を亥で累乗」
その瞬間、ヴェンディの背中に背中に背負った双剣。
二対のフラムベルジュを取り出して相手に向かって凪いだ。

Ω

 スタンド名はクアットロヴェンディ。
 能力は数字の関係するもの全ての数量変化。因みに名前の由来は僕の誕生から。
 眼前には血泡を吹くマフィア達が居た。
 返り血を拭った僕は笑った。
 理由は単純で、大好きな漫画の憧れであるスタンドを自分で出すことが出来たからだ。
 だが、嬉々することはなく、僕の飢餓状態がそれを示す。

「胃袋の物質を増やすこと出来ない?」
「残念だが無理だ。この能力は対敵用だからの」
「そっか」

名残惜しく後ろを振り返るとパトカーが道路に沢山停まっているのが見えた。赤い光がぼやけて綺麗。
 するとぼやけたものの中に此方に向かってくる人影があった。

「マフィアの仲間か?」

普通にスタンドと会話してしまう僕は自分に聞く。

「知らん」

返ってきた答えは適当で、目を細め、人影を見ると突如、靴も履いていない生足の皮膚が破れ、血が流れた。

「じっ地味に痛いな」

スタンドを機能させていたい僕は痛みを感じ、眉を潜めた。
 そして脚から顔を上げ前を見れば真っ正面に人影の正体である不思議な男が立っていた。
 気迫に驚き後退りする。

「あいつらをやったのはお前か?」
「!……リゾット」

僕は男の顔を初めてよく見て呟く。
 漫画で見たパッショーネ暗殺チームのリーダーである人物。
 彼の名前はリゾット・ネエロ。
 スタンド使い。

「うん。うん、僕がやったんだよ」

虚ろに僕は答えた。目頭が熱くなるのを堪えて。
 夜の暗闇で赤い光が二人の顔を照らす。

「少し来てもらう」

次の言葉を最後に当て身が入り、僕は倒れた。

Ω
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